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「少子化」論の変遷:日本社会は何から目を背けてきたのか (科学技術社会論学会 第17回年次研究大会 2018-12-08 東京)

報告資料: https://researchmap.jp/muqp0311a-58901/
Date: 2018-12-08 (Saturday)
Location: 成城大学 (東京)
Title: 「少子化」論の変遷:日本社会は何から目を背けてきたのか
Author: 田中重人 (東北大学)

○ Abstract

日本の人口統計において継続的な出生力低下が観測されはじめてから40年以上が経過した。社会問題としての「少子化」の発見 (1990年代初頭) から数えても四半世紀になる。今日、「少子化」に関する言論は数多く、現代日本の主要な社会問題とみなされている。

「少子化」をめぐる議論は、当時の状況を反映した問題関心からはじまった。その初期設定は、現在にいたる言説のありかたを大きく規定している。この報告では、出生力の低下が問題となった当時の社会状況や関心のありかを紹介するとともに、「少子化」をめぐる言説がどのように変遷してきたのか、またそのなかで何が重視され、何が軽視されてきたのかを論じる。

【出生力の低下と「少子化」問題の構築】

日本政府が公表する「合計特殊出生率」(total fertility rate: TFR) の値は1974年に低下をはじめる。当時すでに出生力は人口置換水準と拮抗するところまで落ちており、それ以上の低下は人口の長期的な減少を意味する。しかし当時の人口学者の主流の見立てとしては、これは結婚のタイミングの遅れによる一時的なものであり、すぐに人口置換水準まで回復するだろうというものだった。

この出生力低下が長期的かつ深刻な問題として政治的に認知されたのが、1990年代初頭である。1992年版『国民生活白書』[1] が「少子化」ということばをとりあげたときには正確な定義は示されておらず、出生率低下や子供数減少を広く指した用法であった。ただし、『国民生活白書』に少子化をめぐる議論が載ったのは、TFRが継続的に低下し、日本の統計史上最低記録を下回ったこと (いわゆる1.57ショック)、その値が人口置換水準を大きく下回っていたことが主な理由である。当初から、人口統計に基づく出生力指標をターゲットにした政策議論が熱心におこなわれてきた。

その後、育児休業制度や保育所の整備などの「少子化対策」が打たれるものの、出生力は低下をつづけていく。TFRの値は2005年の1.26を底値として上昇傾向に転じた。しかし、これは出生のタイミングが後方にずれて30代での出産が増えたことが遅れて反映しているので、長期的な出生力の上昇ではない可能性が高い。

【社会状況と言説の変遷】

出生力低下をめぐる1970-1990年代の言説には、現代とのさまざまなちがいがある。当時は、出生力低下の原因は晩婚化だとみられていた。人口の男女比の不均衡による一時的な結婚の遅れという論点から、高学歴化やライフスタイルの変化による結婚年齢の上昇、生涯を通じての未婚化へと焦点が移っていくことになる。晩婚化・未婚化は好景気の時期にも進行しため、経済的苦境によって若者が結婚できなくなっているという解釈はほとんど存在しなかった。むしろこの時期には、未婚者は経済的強者とみられていた [2]。

また「女性の社会進出」がもてはやされており、M字型就業構造は解消に向かっている、というイメージが流布していた [3]。こうした通念が大規模職業経歴データの研究成果によって打破されていくのは、1990年代末の話である [4]。また当時は男女雇用機会均等法 (1985年) 成立直後であり、結婚退職制が広く存在していた。労働政策的には、(妊娠・出産・育児ではなく) 結婚と仕事との両立がまず課題だったが、それは均等法に基づく差別禁止や企業による「女性活用」の進展によって実現可能なものと感じられていた。

今日では、「少子化」を論じるのに経済的不況の影響に触れないわけにはいかない。経済的苦境ゆえに若者が結婚できなくなっている、というイメージで語られることが多い。それと同時に、日本は強固な「M字型就業構造」を保持している社会であり、育児と仕事の両立が困難な政治課題であるというジェンダー問題の現状もよく知られている。しかし初期の「少子化」論は、それとは大きくちがう認識から出発したのである。

【戦前への視線と21世紀の「少子化対策」】

日本には、半世紀以上前にも、出生力低下に政策的に対応しようとした前例がある。1940年代の出生促進政策は、個人の生活に立ちいって生殖をコントロールしようとした悪しき前例として意識されてきた。このことは初期の「少子化」政策を大きく制約する前提条件であり、「結婚したい、子供を持ちたいと思っている人を支援する」という建前が保持されてきた。

1990年代末以降になると、条件が大きく変わる。政権の保守化に伴って、戦前回帰への忌避感がうすくなったことに加え、従来の政策のもとでTFRが低下を続けたこと、人数の多い1970年代前半出生コーホートが30代を迎えるにあたってその出生力回復が将来の人口構造を大きく規定すると考えられたことなどから、より直接的に結婚や出産を増加させるための手段が模索されるようになる。

【何が注目され、何が無視されてきたのか】

人口の変動は社会システムの諸側面に関わる複雑な現象である。その解釈にも政策的な介入にも複数の可能性がある。しかし実際には、特定の「原因」に議論が集中し、そこで出来上がった認識に沿って言論が展開する。1990年代以降の「少子化」論においても、法律婚と生殖との結びつきが当然視されていること、子供の養育は親の責任であることが前提となっていること、出生に関する人口動態の統計自体が「ある国家が実効支配する地域にその国籍を持って居住する人口」の再生産を測る枠組になっていることなど、さまざまな限界がある。

医学的言説の侵入 [5] は、そうした文脈に位置付けて理解する必要がある。21世紀に入っての「卵子の老化」言説 [6] は、早婚奨励を正当化する役割を果たしてきた。それは一方では若者の知識不足を少子化の「原因」として焦点化するものであるが、他方では伝統的な「少子化」論の枠組の内部で問題が解決できる (したがって家族や国籍の制度の根本的変革は必要ない) とするメッセージでもあった。

【文献】

  1. 経済企画庁 (1992) 『国民生活白書』 (平成4年版) 大蔵省印刷局. {ISBN:4171904676}
  2. 山田 昌弘 (1999) 『パラサイト・シングルの時代』筑摩書房. {ISBN:4480058184}
  3. 雇用職業総合研究所 (1987) 『女子労働の新時代』東京大学出版会. {ISBN:4130510266}
  4. 田中 重人 (1996) 「戦後日本における性別分業の動態」『家族社会学研究』8: 151-161. {DOI:10.4234/jjoffamilysociology.8.151}
  5. 日本医療政策機構 (2005) 『少子化と女性の健康』(政策提言 Vol. 1). {http://hgpi.org/research/90.html}
  6. 田中 重人 (2018) 『2010年代日本における「卵子の老化」キャンペーンと非科学的視覚表象』 (科研費プロジェクト「非科学的知識の生産・流通と「卵子の老化」パニック」報告書). {ISBN:9784991031618}
Keywords: 少子化, 人口学, 人口統計, 歴史, 言説, 日本

(本報告はJSPS科研費基盤C #17K02069 研究成果の一部である。詳細は http://tsigeto.info/egg/ 参照)

Conference: 科学技術社会論学会 第17回年次研究大会 {http://jssts.jp/content/view/293/33/}
Session: 「少子化」をめぐる科学言説 (オーガナイズドセッション)
URL: http://tsigeto.info/18v


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