職域分離への数理的接近
性別格差形成過程の計量研究のために
- 田中 重人(大阪大学人間科学研究科社会学専攻)
- (tsigeto(AT)nik.sal.tohoku.ac.jp)
1 職域分離という概念
2 性別格差の分解
3 職域分離と職域間格差
4 職域分離と職域内格差
5 職域分離の構造効果
6 計量研究の課題
文献
※ 数式が読みにくいと思いますが、小文字の i は添字のつもりです。
また総和記号 Σ は、i についての総和をあらわしています。
有職者 N 人の集合 U を c 個の部分集合 O1, O2, ... , Oc に直和分割し、これらを「職域」と
呼ぼう。
職域 Oi の人数を ni , 男性数を Mi , 女性数を Fi とする(ni = Mi + Fi)。
単純化のため、 U 中では男女同数としよう(N = Σni = 2ΣMi = 2ΣFi)。
このとき、各職域の男女数の差 Si と、それを U 全体について集計した職域分離の指標 SS が、
つぎのようにして求められる。
Si = Mi - Fi .
SS = Σ Si・Si = Σ (Mi-Fi)(Mi-Fi) .
各職域 Oi は、性別と無関係に決まる平均的な報酬のレベルを持つと考え、これを Ri とする。
また Oi 内部での報酬の性別格差を Di であらわす。
男性には(Ri+Di)の報酬が支払われるのに対して、女性には(Ri-Di)しか支払われない。
U全体でみた性別格差 G は、つぎのように書ける(2G/N が平均報酬の男女差になる)。
- G = ΣMi(Ri+Di) - ΣFi(Ri-Di)
- = ΣRi(Mi-Fi) + ΣDi(Mi+Fi)
- = Σ Ri Si + Σ Di ni .
性別格差は、職域間の(性中立的な)格差の集積と、各職域内部の性別格差の集積との和としてあらわされる。
前者(Σ Ri Si)を「職域間格差」、後者(Σ Di ni)を「職域内格差」と呼ぶ。
先行研究が提示してきた諸仮説は、この2種類の格差と職域分離との間にどんな関係を想定するかによって、
大きく3つにわかれる。
例をあげながら簡単に解説しよう。
職域間格差に注目した代表的な仮説は、職業上の技能に、女性的なものと男性的なものを区別する。
性中立的な報酬レベル Ri は職域 Oi で要求される技能によって決まるが、その際、女性的な技能は
男性的な技能より低く評価される。
一方、女性的な技能が要求される職域は Si が小さく、
逆に男性的な技能が要求される職域では Si が大きくなる。
――職域間格差(Σ Ri Si)があるのは、これらのメカニズムが
Ri と Si の間に正の相関関係を生み出すせいだという。
この仮説を検証するには、「女性的」技能と「男性的」技能とを操作化・測定し、
それらを必要とする程度にしたがって職業を分類しないといけない。
職域内格差に関しては、職場内の“tokenism”に注目した Kanter [2] の仮説がある。
この仮説では、一緒に仕事をするチームを1職域と考える。
女性が少数派の(Si が大きい)職域では、性別ステレオタイプが強いため、
性別格差 Di が大きくなるという。
――この仮説は、職域を適切に設定したうえで、 Si と Di との関係を測定すれば検証できる。
全体集合 U の男女構成が変化する場合、このタイプの仮説が威力を発揮する。
女性の労働市場への新規流入が進んだ場合に、彼女たちがどんな性質をもった職域に流入するかによって
性別格差の動態が大きくちがうことが示唆されるのである。
職域分離の集計値 SS が各職域の性別格差 Di に影響する、という類の議論も多い。
たとえば Brinton [3] は、日本社会では、
企業特殊的職務と一般的職務との間での職域分離は
雇用主の性差別的処遇を促し、結婚退職制などを通じて職域内格差を広げる、と主張する。
――こうした仮説の検証には、時系列データが役に立つ。
仮説どおりの職域設定はむずかしいが、ふたつの職域への所属確率の変動をほかの条件から推定すれば、
間接的な検証が可能になる [4]。
職域分離論の要点は、職域分離と性別格差形成をひとつながりの過程として理論化するところにある。
ここまで見てきたように、性別格差を職域間格差と職域内格差の2成分に分解したうえで、
職域分離との関連を論じてきたのである。
ところが理論的な研究のこうした進展とは対照的に、
計量的な職域分離研究は、性別格差の形成過程をほとんどあつかってこなかった [5]。
職域分離論の枠組では、仮説にふさわしい職域変数を測定できるかどうかが分析の成否を決める。
だが現実には、そうした仮説検証のための測定の努力はほとんどおこなわれていない。
むしろ、理論との対応が不明確なもの(たとえば「国勢調査」の職業分類)を使う計量研究が主流だ。
このため、提示された仮説の多くは検証されないままで残っている。
職域分離研究の発展のためには、計量研究と理論研究との緊密な協力関係こそが望ましい。
理論研究が提示してきた仮説を明確に定式化し、
仮説にあわせて職域間格差と職域内格差を峻別できるような職域設定を工夫することが、計量研究者の
緊急の課題である。
- Catherine Hakim、1996『Key Issues in Women's Work』Athlone Press。
- Rosabeth Moss Kanter、1977 → 1993=1995『企業のなかの男と女』(=高井葉子 訳)生産性出版。
- Mary C. Brinton、1993『Women and the Economic Miracle』University of California Press。
- 田中 重人、1996「職業構造と女性の労働市場定着性」『ソシオロジ』126(41-1): 69--85, 132。
- Barbara Reskin、1993
「Sex Segregation in the Workplace」
『Annual Review of Sociology』19: 241。
〔本研究は1996年度文部省科学研究費補助金(特別研究員奨励費)による研究成果の一部である。〕
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(C) 田中重人
この論文は、第69回日本社会学会大会報告要旨集に掲載されているものです。
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田中 重人 (tsigeto(AT)nik.sal.tohoku.ac.jp)
Last Updated 2001-08-11.