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URL: http://www.sal.tohoku.ac.jp/~tsigeto/writing/
作成:田中重人 (東北大学文学部准教授)
東北大学文学部 (2010年度) 現代日本論基礎講読「論文作成の基礎」
第12講 公表文書の倫理 (7/9)
[配布資料PDF版]
- [今回のテーマ]
文章作成/公表における倫理的な注意事項
文章を公開することによって生じる問題
- 他人の発案によるアイディアを自分の発案であるかのように書いてしまった
- 出典を明示しないで他人の文章を書き写した
- 他人の文章から無許可で大量に引用した
- インタビューに基づいた論文のなかに、対象者が特定できるような情報があった
- 特定の個人や団体を中傷する文章があった
- 差別表現やステレオタイプを強化する表現の使用
情報をめぐる利害
文章を書く=情報の流布 → 他人の利害との衝突
- 学問上の優先権
- 情報からえられる経済的利益 (知的所有権・著作権)
- 個人の秘密・名誉
学問上の優先権
学問の世界では、「誰が最初に考えたか (または発見/発明したか)」ということに非常に高い価値が置かれている。 第1考案者 (または発見/発明者) は、そのアイデアや発見について「優先権」(priority) を持つ。
- 他人の発想や発見を自分のものであるかのように詐称 (plagiarize) しない
- 引用または参照によって誰の業績かをはっきりさせること
優先権は、著作権とはちがって、時間がたっても消滅せず、譲渡・相続不可能である。 また、引用するに当たって当事者への連絡・許可は不要である。
大学のレポートにおけるplagiarismは、筆記試験におけるcunningと同様の不正行為とみなされる。
経済的利益の保護
登録手続きを経て発効する工業所有権
特に手続きのいらないもの
これらはいずれも、
経済的利害
がなければ問題にならない。
著作権
これに対して、著作権 (copyright) の侵害は、経済的利害がなくても問題になりうる。 (→「版権」は旧称)
著作権者は著作物について種々の権利を持つ
著作物とは、「思想または感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(著作権法2条) をいう。 たとえば文章/音楽/舞踊/美術/建築/図面/映画/写真/プログラムなど (著作権法10条) がこれにあたる。 アイディアやデータそのものではなく、それらの表現されたかたちが保護の対象になる。
- 作成者が自動的に著作権者になる (登録の必要なし)
- 著作権は譲渡できる
- 作者の死後一定期間 (国によってちがう) で消滅する
- 著作権者の許可なしに複製・販売・上演などをしてはならない。ただし例外として、私的利用のための小規模な複製と
正当な範囲での引用
は許可なしにしてもよい。
著作物からの引用
公表された著作物から通常の文章だけを引用する場合の 許容範囲 (教科書p. 165 に田中加筆)
- 引用は400字以内
- 引用に関するルールを守っていること
- 引用文が自分の書くものの2割以内
- 著作物の全体を引用してはならない
文章以外の引用の場合は、つぎのようにする
- 絵画, 図面, 写真, CGなど:
著作権者の許可をえる (教科書p. 166)
- 表, 詩歌, キャッチコピーなど:
グレーゾーンだが、許可をとるほうがよい。歌詞については日本音楽著作権協会 (JASRAC) が手続きを代行していることが多い。
秘密を守る権利
- 名誉毀損罪:
「公然と事実を指摘し、人の名誉を毀損した者は〔……〕に処す」 (刑法230条)
- プライバシーの権利:
判例「宴のあと」事件 (東京地裁1964.9.28) 「私生活をみだりに公開されないという法的保障」
名誉やプライバシーの侵害が許容される例外的な条件は、次のふたつ (刑法230条の2第1項ほか)。
ただし、つぎの場合は許容基準があまくなる。
- 死後相当の期間がたっている場合
- 公人/著名人である場合
公表前に十分な準備を
- 真実性の確認
- 当事者への情報開示 (文書の性質、公開の範囲など)
- 当事者に許可をとる
- 文章の当事者チェック
許可のないまま公表するときは相応の覚悟を。
差別表現とステレオタイプへの対処
マイノリティに対する蔑視表現、あるいは属性に基づく固定的イメージ (stereotype) を助長する表現に注意すること。
- 身体的特徴・障害・疾患・性向・民族・出身・年齢などに関する表現で、蔑視的な意味合いをふくむもの
- ステレオタイプを助長する表現: 「女性ならだれしも……」「関西人らしいボケツッコミ」
- 言及対象や読者が特定の属性を持っていることを当然の前提とする表現
- 男性の医師は「医師」、女性の医師は「女医」と表現するような場合
- 「17歳といえば高校生」
- 「われわれ日本人は……」
こうした表現が問題になるかどうかは文脈による。自分の文章がどのような派生的効果を持つか、読者によってどのように受け取られる可能性があるか、よく考えること。
文献
- 中村健一(1988)『論文執筆ルールブック』日本エディタースクール出版部.
- 西田典之・山口厚 (2000)『ジュリスト増刊 刑法の争点』(第3版) 有斐閣.
- 鈴木淳子 (2002)『調査的面接の技法』ナカニシヤ出版.
- 竹田稔・堀部政男 (2001)『新・裁判実務体系9 名誉・プライバシー関係訴訟法』青林書院.
- 千野直邦・尾中普子 (2001)『著作権法の解説』(3訂版) 一橋出版.
- 吉田大輔 (2001)『明解になる著作権201答』出版ニュース社.
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- 2010-07-09:Created
- 2010-07-09:Minor corrections
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