remcat: 研究資料集

(TANAKA Sigeto)

「クラスター」定義各種

日本の新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) 対策において、「クラスター」ということばはさまざまな異なる意味で使われており、混乱を招いている。このことばにはどのような定義があり、どこがちがうのか、解説を試みる。

目次

豊洲市場問題と東京都の「クラスター」定義

東京の中央卸売市場 (通称「豊洲市場」) でCOVID-19感染者がたくさんみつかっている模様。

東京・豊洲市場ではことし8月以降、水産仲卸業者の従業員を中心に感染の確認が相次ぎ、481の事業者で自主的な検査を進めた結果、3111人中、71人の感染が確認されました。

このほか、散発的に感染が確認された人や濃厚接触者として検査を受けて確認された89人を合わせると、市場全体では7日までに160人になりました。市場の業務に影響は、ないということです。

都によりますと、160人のうち感染経路が分かっている人は16人で、中には同じ水産仲卸業者の従業員もいるということです。

都は「同じ事業者でも短期間で一気に5人以上が確認されたことはなく、別の人の感染が分かるまで2週間以上、空いたケースもあり、保健所からは濃厚接触者にあたらないと説明された。感染経路が追えないケースが多いため、クラスターではない。ただ、対策が甘かったのではないかという声は真摯(しんし)に受け止めている」と話しています。
――――
NHK「豊洲市場 コロナ 160人感染確認 東京都「クラスターではない」」2020年12月8日 0時17分

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201208/k10012751581000.html

この件に関して、東京都福祉保健局に「クラスター」の定義がわかる文書の開示請求をした人がいた。しかしその結果は……

豊洲市場感染拡大を都が放置する様が、人の道外れた虐待にしか見えなくなってきたので、東京の台所で経済面等の複雑な事情あったとしても、一刻も早くクラスター認定して集中対策すべきでは?てかそもそもクラスターて何よ?どうやって判定してんの?と思い

東京都における「クラスター」の定義(特に科学的根拠)が分かる一切の文書。という請求をしたところ、出てきた結果はこちら。

〔画像省略〕

...不存在。

……本当に驚愕しました。なぜなら(知識が乏しく浅薄な例えで申し訳ありませんが)てっきり『この範囲やこの面積で、この期間内に、この実効再生算数やこの陽性率叩き出したら、問答無用でクラスター!』みたいな最低限の目安くらいあるものとばかり思っていて。と、同時に

ライブハウスや夜の街を散々クラスターの巣窟呼ばわりしてたけど、あれどうやって決めてたの?
――――
nrk「#みんなで開示請求<東京都・ゆりこに心はあるのか・検証その3> 都福祉保健局には「クラスター」の定義が分かる文書無し(不存在)」2020/12/06 18:50

https://note.com/nrk_fjt/n/nf3df8c2d759d

いや、実際に「クラスター」の認定作業はおこなっているわけだから、基準がないはずがなく、たとえば「厚生労働省の定義にしたがう」みたいなものであっても、指示の文書がないわけがないのだが。別の部署から指示が出ているということなんだろうか。

教科書的定義

公文書での定義がどうなっているかはとりあえず措いて、感染症をあつかう疫学分野での定義はどうなってるのか、調べてみた。 (私はこの分野はまったくの素人であり、また網羅的に文献を調査したわけでもないので、かたよった情報をつかんでる可能性はある。注意されたい。)

たとえば医学書院から出ている『感染症疫学ハンドブック』の用語解説には、つぎのようにある。

クラスター cluster: 一定の期間の一定の場所での発症者の集積.累計が通常より大きいかどうかは問いません.
――――
吉田 眞紀子, 堀 成美 (編) (2015)『感染症疫学ハンドブック』医学書院 ISBN:9784260020732
p. 292

期間と場所を区切った一定の範囲内での発症者をまとめて「クラスター」と呼ぶのだ、ということである。「累計が通常より大きいかどうかは問」わないそうなので、広く流行している病気については、適当に区切った期間・空間のあちこちに発症者がいて、いたるところに「クラスター」が見出されることになるのであろう。

アメリカ合衆国 CDC (Centers for Disease Control and Prevention) による自習用教科書 Principles of epidemiology in public health practice : an introduction to applied epidemiology and biostatistics (3rd. edition, 2012) オンライン版によると、つぎのような定義が載っている (巻末 Glossary による)。

cluster an aggregation of cases of a disease, injury, or other health condition (particularly cancer and birth defects) in a circumscribed area during a particular period without regard to whether the number of cases is more than expected (often the expected number is not known).
――――
CDC (2012) Principles of epidemiology in public health practice: an introduction to applied epidemiology and biostatistics (Self-study Course SS1978. 3rd. edition) U.S. Department of Health and Human Services, Centers for Disease Control and Prevention, Office of Workforce and Career Development.
https://www.cdc.gov/csels/dsepd/ss1978/
Glossary p. 4

https://www.cdc.gov/csels/dsepd/ss1978/SS1978.pdf

これは上記の『感染症疫学ハンドブック』の定義とほぼおなじ内容である。

一方で、おなじ教科書の第1章にはつぎのようにある。

Cluster refers to an aggregation of cases grouped in place and time that are suspected to be greater than the number expected, even though the expected number may not be known
――――
CDC (2012) Principles of epidemiology in public health practice: an introduction to applied epidemiology and biostatistics (Self-study Course SS1978. 3rd. edition) U.S. Department of Health and Human Services, Centers for Disease Control and Prevention, Office of Workforce and Career Development.
https://www.cdc.gov/csels/dsepd/ss1978/
Lesson 1 (Introduction to epidemiology) p. 72

https://www.cdc.gov/csels/dsepd/ss1978/SS1978.pdf

場所と時間でまとめられたケース (病気などの事例) の集積、という点はおなじであるが、ここでは、期待される数よりも多い疑いがある、という限定がついている。ある時期のある場所で何人かの患者がみつかったらといって、それだけでただちに cluster になるわけではない。それが期待される数より多いのではないかという疑いがあってはじめて cluster といえる、ということである。

健栄製薬のウェブサイトに載っている日本語訳は、おそらくこの部分からのものだろう。

クラスター(cluster)は、予測数よりも多いことが疑われる「時および場所で集団化された症例の集合体」のことをいう。この場合、予測される症例数は明確でないことが多い。
――――
健栄製薬 (2017-11)「「流行」に関連する用語」ケンエーIC News 71号

https://www.kenei-pharm.com/medical/academic-info/icnews/2017/5243/

たとえば、今年に入ってから11月まで (=一定の期間) に、自宅の台所 (=一定の場所) で、料理中に誤って指を切ってしまう事故が5回起きた (=事例の集積) としよう。もし、去年まではそんなことはほとんどなく、また自宅台所以外ではそういう事例はないとすると、「今年の自宅台所」における指切傷事故の事例はそれ以外の期間・場所において予測されるよりも多いのではないかという疑いが生まれる。「今年の自宅台所」に関連した要因によって事故が起きている可能性があるので、そういう観点で調査をおこなってあやしそうな要因を洗い出し、改善を図るべきであろう。こういう場合、いずれの定義でも「クラスター」に該当することになる。

一方、以前からあちこちで同様の事故を起こしていたとすると、「今年の自宅台所」に限定するのではなく、もっと広く要因を探索するべきだろう。このような状況を「クラスター」と呼んでいいかどうかについては、このCDCの教科書ののページを参照するかによって、判断が違ってくる。

おなじ教科書なのにちがう定義が載っているいきさつはわからない。このあたりの探求ないし説明ないし批判は、専門家にまかせることにしよう。

いずれにせよ、これらの定義には、時間と場所を限定したうえでそのなかでの病気等の事例の集合を指す、という点が共通している。

厚生労働省定義とその亜種:場所とイベント

教科書的な一般論としては「クラスター」には以上のような定義が与えられているのであるが、COVID-19に関して日本で「クラスター」と呼ばれているものは、これとはずいぶんちがい、かつ、さまざまなヴァリエーションがある。大きくわけると、場所によって定義するものと、ネットワークによって定義するものの2種になる。まず、前者から見ていこう。

厚生労働省「全国クラスターマップ」(3月31日版)

厚生労働省が作成した「クラスターマップ」(3月31日版) では、特定の場所での接触歴による定義を採用している。

(注1)クラスターは、自治体からの情報を基に、東北大学押谷教授、北海道大学西浦教授らによる分類。
(注2)クラスターは、現時点で、同一の場において、5人以上の感染者の接触歴等が明らかとなっていることを目安として記載しています。家族等への二次感染は載せていません。また、
家族間の感染も載せていません。現時点での感染の発生状況や、都道府県別の感染者数を反映したものではありません。
(注3)都道府県名の横に示す数字は患者集団(クラスター)の数。
――――
厚生労働省「全国クラスターマップ(3月31日時点)」

https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11537253/www.mhlw.go.jp/content/10900000/000618504.pdf

この「全国クラスターマップ」PDFファイルがリンクされていた厚生労働省のウェブページの説明はつぎのとおり:

全国クラスターマップ(3月15日より掲載)
国内で報告された新型コロナウイルス感染症の感染者に係る報告を基にした追跡調査の結果、感染者間の関連が認められた集団(クラスター)を地図上に表示したものです。
クラスターは、現時点で、同一の場において、5人以上の感染者の接触歴等が明らかとなっていることを目安として記載しています。家族等への二次感染等を載せていません。また、家族間の感染も載せていません。
現時点での感染の発生状況や、都道府県別の感染者数を反映したものではありません。
本報告数は地方自治体の報道発表等に基づき新型コロナウイルス厚生労働省対策本部が集計した速報値に基づくもので、随時更新されます。

全国クラスターマップ (3月31日時点)
――――
厚生労働省「新型コロナウイルス感染症について」(2020-04-02 13:58:58 GMT)

http://web.archive.org/web/20200402135858/https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00001.html

「同一の場において、5人以上の感染者の接触歴等が明らかとなっていること」という記述から、場所を限定して、一定以上の人数の感染者が接触していたことを条件にしていることがわかる。ただしこれは「目安」ということなので、実際にこの条件がどれだけ厳密に適用されていたかはわからない。

この「全国クラスターマップ」は最初 3月15日に発表された。その際の説明は、「感染者間の関連が認められた集団(クラスター)を地図上に表示したもの」という、詳細のわからないものであった。その後、自治体からの抗議などもあり、定義を変更して3月17日に改訂版が出ている。この件については、後日あらためて書くことにしたい。

Furuse et al. (2020)

より範囲を狭めて、特定の場所やイベントでの感染者5人以上の集団、として cluster を定義したのが、Furuse et al. がアメリカ合衆国CDC (Centers for Disease Control and Prevention) の雑誌 Emerging Infectious Diseases に載せた論文である。

We defined a cluster as ≥5 cases with primary exposure reported at a common event or venue, excluding within-household transmissions. Our definition also excluded cases with epidemiologic links to secondary transmission. For example, in the following scenario we would exclude cases A and B: boy A is a friend of boy B whose grandmother C contracted nosocomial COVID-19 in a nursing home from which ≥5 cases were reported; although all 3 have symptoms develop and are diagnosed with COVID-19, we would consider only grandmother C part of a cluster from the nursing home.
―――――
Y. Furuse, E. Sando, N. Tsuchiya, R. Miyahara, I. Yasuda, Y. K. Ko, M. Saito, K. Morimoto, T. Imamura, Y. Shobugawa, S. Nagata, K. Jindai, T. Imamura, T. Sunagawa, M. Suzuki, H. Nishiura, H. Oshitani (2020) “Clusters of coronavirus disease in communities, Japan, January-April 2020”. Emerging Infectious Diseases. 26(9): 2176-2179.

http://doi.org/10.3201/eid2609.202272

イベントまたは場所においての5人以上の感染者、という点は上記の厚生労働省「全国クラスターマップ」の定義と共通している。2次感染をのぞくことも共通だが、さらに家庭内での感染ものぞかれている。「primary exposure」が何を意味するかは私には確定できないのだが、当該のイベント/場所において直接ウイルスに曝露した場合だけという意味 (すなわち、そこで感染した人が外で2次感染を起こした場合はのぞく) かもしれない。そうすると、単にその場にいたとか互いに接触歴があるとかだけではなく、感染を引き起こしたウイルスへの曝露がその場であった (つまりその場で感染した) 人が5人以上いることが条件になっている。

鳥取県条例

日本の法令で「クラスター」を定義した例としては、鳥取県の「新型コロナウイルス感染拡大防止のためのクラスター対策等に関する条例」(2020年8月27日) がある。

第2条 この条例において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
〔……〕
(3) クラスター 不特定又は多数の者が立ち入り、又はとどまる施設又は催物において新型コロナウイルス感染症の患者(感染症予防法第6条第11項に規定する無症状病原体保有者を含む。以下同じ。)が複数生じた場合における患者の集団であって、その人数が5名以上であるものをいう。
―――――
鳥取県「新型コロナウイルス感染拡大防止のためのクラスター対策等に関する条例」(条例51号) 『鳥取県広報』2020年8月27日号外77号: 4-6. https://www.pref.tottori.lg.jp/secure/1220678/R2go77.pdf

https://www.pref.tottori.lg.jp/209700.htm

この定義では「不特定又は多数の者」が利用する「施設又は催物」に限定されているので、個人宅に数名が集まってゲームをしたような場合はふくまないのかもしない (もっとも、数名でも多数であるとか、ゲームという「催物」が開催されたのである、とかいう解釈をすれば、ふくんでいてもおかしくはない)。また、「生じた」というのが、その場で感染した場合だけを指すのか、感染の場はちがっていてもその施設等で発見された者が全員入るのかなど、いろいろと不明な点がある。

感染ネットワーク:積極的疫学調査での定義

以上、場所に着目して「クラスター」を定義する発想のものを紹介してきた。これとは別に、感染のネットワークによって定義する場合がある。こちらのほうは、保健所がおこなう「積極的疫学調査」などで使われている。

押谷仁による定義

まず、日本の「クラスター対策」を率いてきた押谷仁による定義。

リンクの追えない症例からつながった患者の集積のうち5人以上のものをクラスターとする
―――――
押谷仁「COVID-19への対策の概念」(2020年3月29日暫定版) 日本公衆衛生学会 クラスター対策研修会.

https://www.jsph.jp/covid/files/gainen.pdf

これはわかりやすい。「リンクの追えない症例」というのはだれから感染したかわからないということで、それ以上、感染源にさかのぼることができない。そこから後の世代への感染をたどっていって、合計5人以上がつながったネットワークになっていればそれを「クラスター」と呼ぶのである。その5人がどこで感染したか (あるいはどこで発見されたか) は関係ない。

国立感染症研究所「調査要領」

このような感染ネットワークを探すため、保健所が「積極的疫学調査」をおこなう。その際のよりどころが「積極的疫学調査実施要領」である。

「患者クラスター(集団)」とは、連続的に集団発生を起こし(感染連鎖の継続)、大規模な集団発生(メガクラスター)につながりかねないと考えられる患者集団を指す。
―――――
国立感染症研究所 感染症疫学センター「新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領 (暫定版):患者クラスター(集団)の迅速な検出の実施に関する追加」(2020年2月27日版). https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/corona/2019nCoV-02-200227.pdf

https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9357-2019-ncov-02.html

わけがわからない文章である。大枠だけ取り出すと、「患者クラスター (集団) とは患者集団を指す」となる。丸括弧部分は「クラスター」と「集団」が同義語であることを示しているとすれば、「患者集団とは患者集団である」といっているだけということなる。

この調査要領は、「クラスター対策」なるものが唱えられはじめた2月下旬に、暫定的に項目を追加したものらしい。推敲する時間がなくて短時間で文書を作ったので意味不明になってしまっていただけかもしれない。そこで、その後のバージョンをみてみると……まったく変わらない。最新版 (5月29日版) にもおなじ文章が載っている。国語教育はかくも無力である。

「患者クラスター(集団)」とは、連続的に集団発生を起こし(感染連鎖の継続)、大規模な集団発生(メガクラスター)につながりかねないと考えられる患者集団を指す。
―――――
国立感染症研究所 感染症疫学センター「新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領」(2020年5月29日版). https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/corona/2019nCoV-02-200529.pdf

https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9357-2019-ncov-02.html

しかたがないので、この文章に則って解釈を考えよう。

まず、最初の「「患者クラスター(集団)」とは」の部分は、一般的な用語の定義をしようとしているのではなく、この調査要領では疫学一般の用語とはちがう定義をする、ということをいいたいのだろう。つまり、一般に患者集団と呼ばれるもののうち、この調査要領が定める一定の条件を満たすものだけを「クラスター」と呼ぶ、と。

この「一定の条件」にあたるのが、つぎのふたつ。

  1. 連続的に集団発生を起こし(感染連鎖の継続)
  2. 大規模な集団発生(メガクラスター)につながりかねないと考えられる

「集団発生」は、公衆衛生分野でよく使われる用語のようである。適当に検索すると、たとえばつぎのような用例が出てくる。

「集団発生」については、当面、昭和45年衛防第18号「伝染病発生特殊事例報告」の4の「同一感染経路によることが明らかな場合には、町村においては、一週間以内に2例以上の発生を見た場合、…」の定義による。
―――――
厚生省 保健医療局 (1997-04-03)「感染症健康危機管理実施要領」

https://www.mhlw.go.jp/www1/houdou/0904/h0403-5.html

この「伝染病発生特殊事例報告」に関する通知は、つぎのような内容である。

通知の1の(1)中の「伝染病が同一感染経路(疑ある場合を含める。)により集団発生した場合」についてその例を示せば、概ね次のようであること。すなわち、赤痢・コレラ・腸チフス・パラチフスについては、同一感染経路によることが明らかな場合には、町村においては、一週間以内に二例以上の発生をみた場合、市又は特別区においては、そのなかの町又は区において一週間以内に二例以上の発生をみた場合、施設においては、同一施設のなかで一週間以内に二例以上の発生をみた場合に集団発生とすること。ただし、発生が同一家族内に限られている場合は除外すること
―――――
厚生省 公衆衛生局 防疫課長通知 (1970-06-05)「伝染病発生特殊事例報告について」(衛防第一八号)

https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00ta0234&dataType=1&pageNo=1

COVID-19の感染連鎖においては、1週間に2例程度の感染者が発生することはじゅうぶん起こりえる。この基準を援用してよいのであれば、感染連鎖が継続してつぎつぎに感染者が増えている状態は「連続的に集団発生を起こし」ているものとみなして調査すべきであろう。

そして、そのような状況下では、「大規模な集団発生」は常に起こる可能性がある。感染可能な状態にある者が、感染させやすい状況で大勢の人と接触すれば、大量の2次感染が起きうるからである。つまるところ、これらの条件は、感染の連鎖が現在も継続している状態だということに帰着する。

このように解釈してよければ、結局、つぎのように書いてもおなじということになる。

この調査要領において「患者クラスター(集団)」とは、感染連鎖が継続することによって拡大をつづける患者集団を指す。

上記の押谷による定義と同様、感染のネットワークによって定義されているのであるが、人数による規模の限定はない。加えて、現在も拡大を継続している場合に限られることがポイントである。つまり、すでに拡大が停止して、新しい感染者が出てこなくなっていると判断できれば、その時点で、「クラスター」ではないとみなされることになる。

整理

以上検討してきたことをまとめると、「クラスター」の定義は、場所に着目するものと感染ネットワークに着目するものの2種に大別できる。それぞれの定義について概略をまとめると、つぎのようになる。

  • 場所に着目するもの
    • 教科書定義:一定の時間・空間における症例の集積
    • 厚生労働省定義:特定の場所・イベントで接触のあった症例5人以上
    • Furuse定義:特定の場所・イベントで感染した症例5人以上
    • 鳥取県定義:特定の場所・イベントで感染者が出た場合の5人以上の患者の集団
  • 感染ネットワークに着目するもの
    • 押谷定義:5人以上の感染連鎖
    • 感染研定義:拡大を続けている感染連鎖

これらのうち、解釈にあいまいなところののこる鳥取県定義をのぞいた5つについて、どのようなちがいが生じるか整理しておこう。

図1. あるイベントに関連する感染連鎖の架空例

A, Bの2系統の感染連鎖があるとしよう。A系統は合計14人、B系統は合計4人からなる。これらの18人のうち、あるイベントに10人 (A2-A7, A10, A12, B1, B2) が参加していた。A2, A3, B1 はこのイベントより前に感染しており、イベント中に A4-A7 と B2 に感染させたとする。なお、A3とA12、A7とB2 は、イベント中に接触があったものの、感染はさせなかった。その後、A8-A14 とB3に感染が広がったが、それはイベント外の話である。

この場合、上記のどの定義を採用するかによって、認定される「クラスター」が違う。

  • 「教科書定義」では、イベントに参加した感染者10人 (A2-A7, A10, A12, B1, B2) がクラスターを構成する。
  • 「厚生労働省定義」では、イベントで接触のあった者が5人以上いる必要がある。A3, A6, A7, A12, B1, B2 は、イベント内での接触をたどって6人になるから、クラスターである。A2, A4, A5, A10 は、4人しかいないから、クラスターでない。
  • 「Furuse定義」では、イベントで感染した者だけが対象になる。イベントに参加した10人から A2, A3, A10, A12, B1 が外れ、A4-A7とB2の5人がクラスターを構成する。
  • 「押谷定義」では、5人以上からなる感染連鎖がクラスターである。A系統は、14人いるので、まるごとクラスターとなる。B系統は、4人しかいないので、クラスターではない。
  • 「感染研定義」では、規模にかかわらず、拡大を続ける感染連鎖はすべてクラスターである。A, B両系統は、それぞれクラスターになりうる。

図2. 「クラスター」各種定義の図解 (架空例)

定義によって、「クラスター」となる感染者の範囲がまったくちがうことがわかる。場所に着目する各種定義の間でも、イベント参加者のだれが「クラスター」にふくまれてだれがふくまれないのかは、かなりずれている。

提言

記事冒頭で書いた豊洲市場の問題に戻ろう。

豊洲市場では160人の感染者がみつかっていたということであるから、疫学の教科書に出てくる用語の定義で「クラスター」(cluster) にあたる。この160人の間に市場内での接触が全然なかったとは考えにくいので、おそらく厚生労働省定義でも「クラスター」と認定できるだろう。ただ、160人のうち接触があった者だけを切り出すと、人数はもっとすくなくなるのかもしれない。

Furuse 定義や鳥取県定義では、この160人の中に、市場内で感染した人がいるのかどうかが問題である。市場内での感染が本当に確認できないのであれば、これらの定義では「クラスター」にはならない。

押谷定義や感染研定義では、同一の感染連鎖内におさまっているかどうかが問題である。感染経路がわからない場合、他の感染者と同一の感染連鎖かどうかわからないので、やはり「クラスター」には入れられないことになる。

疫学がなぜ「クラスター」という概念を必要としたかといえば、状況がよくわからない状態で、とりあえずこのあたりを調べるべき、という見当をつけるためである。だから、「一定の期間の一定の場所での発症者の集積」という単純な条件しか定めていない。たとえば、病院などからの報告で、「○○川流域で原因不明の頭痛を訴える事例が増えている」といったことがわかれば、その周辺に何か共通の要因があるのではないかという疑いを持って調べることができる。「クラスター」概念は、探索のための道具なのである。

ところが、現在の日本のCOVID-19対策で使われている「クラスター」概念は、どのバージョンにおいても、感染場所や接触歴などの詳細がわかってはじめて認定される定義になっている。つまり、調査がかなり進んでからでなければ、判断できないということだ。くわしいことはよくわからないが患者がたくさん出ている、というケースをあつかえるものではなくなってしまっている。

そうなってしまったものはもう仕方がないのかもしれない。いまさら、本来の意味に戻して使おうとしても、混乱が起きるだけであろう。むしろ、「患者がたくさん出ているが、くわしいことはよくわからないので調査中」という状態をあらわすために、別の用語をあてるのが生産的であろう。

前述の「集団発生」は、この意味で使われてきたことばのようである。ただ、国立感染症研究所「積極的疫学調査要領」で「クラスター」定義に使われてきたことばでもあるので、そこが混乱をまねくかもしれない。

ほかに、疫学分野で同様の意味で使われてきた用語としては、「エピデミック」(epidemic) や「アウトブレイク」(outbreak) などがある。

Epidemic refers to an increase, often sudden, in the number of cases of a disease above what is normally expected in that population in that area. Outbreak carries the same definition of epidemic, but is often used for a more limited geographic area.
――――
CDC (2012) Principles of epidemiology in public health practice: an introduction to applied epidemiology and biostatistics (Self-study Course SS1978. 3rd. edition) U.S. Department of Health and Human Services, Centers for Disease Control and Prevention, Office of Workforce and Career Development.
https://www.cdc.gov/csels/dsepd/ss1978/
Lesson 1 (Introduction to epidemiology) p. 72

https://www.cdc.gov/csels/dsepd/ss1978/SS1978.pdf

「豊洲市場で集団発生」「豊洲市場でエピデミック」「豊洲市場でアウトブレイク」。これらのどれでもいいし、別の候補もあるかもしれない。クラスターにはあたらないのだとしたら、では何と呼ぶのか、きちんとした用語法を決めたほうがいいのではないか。