remcat: 研究資料集

(TANAKA Sigeto)

クラスター vs. クラスター

「クラスター」という概念は、何らかの基準で一定の範囲を区切って患者の集団を識別する目的で使われる。日本の新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) 対策で言及される「クラスター」は、おおむね、(1) 場所による基準、(2) 感染ネットワークによる基準、の2種類にわかれる (https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20201216/cluster)。この記事では、このような「クラスター」用法がどのようにして生まれ、変化してきたのかを概説する。

目次

政府文書における「クラスター」の発生

日本政府の発行するCOVID-19関連の公的文書において「クラスター」が言及された最初は、おそらく、2020年2月25日の「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」である。

1.現在の状況と基本方針の趣旨
新型コロナウイルス感染症については、これまで水際での対策を講じてきているが、ここに来て国内の複数地域で、感染経路が明らかではない患者が散発的に発生しており、一部地域には小規模患者クラスター(集団)が把握されている状態になった。しかし、現時点では、まだ大規模な感染拡大が認められている地域があるわけではない。感染の流行を早期に終息させるためには、クラスター(集団)が次のクラスター(集団)を生み出すことを防止することが極めて重要であり、徹底した対策を講じていくべきである。また、こうした感染拡大防止策により、患者の増加のスピードを可能な限り抑制することは、今後の国内での流行を抑える上で、重要な意味を持つ。
4.新型コロナウイルス感染症対策の基本方針の重要事項

〔……〕

(3)感染拡大防止策

ア)現行
① 医師の届出等で、患者を把握した場合、感染症法に基づき、保健所で積極的疫学調査を実施し、濃厚接触者に対する健康観察、外出自粛の要請等を行う。地方自治体が、厚生労働省や専門家と連携しつつ、積極的疫学調査等により、個々の患者発生をもとにクラスター(集団)が発生していることを把握するとともに、患者クラスター(集団)が発生しているおそれがある場合には、確認された患者クラスター(集団)に関係する施設の休業やイベントの自粛等の必要な対応を要請する。
② 高齢者施設等における施設内感染対策を徹底する。
③ 公共交通機関、道の駅、その他の多数の人が集まる施設における感染対策を徹底する。

イ)今後
① 地域で患者数が継続的に増えている状況では、
・ 積極的疫学調査や、濃厚接触者に対する健康観察は縮小し、広く外出自粛の協力を求める対応にシフトする。
・ 一方で、地域の状況に応じて、患者クラスター(集団)への対応を継続、強化する。
② 学校等における感染対策の方針の提示及び学校等の臨時休業等の適切な実施に関して都道府県等から設置者等に要請する。
―――――
新型コロナウイルス感染症対策本部 (2020-02-25)「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」
pp. 1, 6, 7.

https://corona.go.jp/expert-meeting/pdf/kihonhousin.pdf

この文書は、「クラスター」ということばを7回使っているが、定義は一度も示していない。ただ、「クラスター」のあとには「集団」がいちいちカッコ書きされており、クラスターとは集団のことである、というのは指示されている。とはいえ、この文脈で「集団」というのがいったい何を指すかについては、説明がない。特に「クラスターが新しいクラスターを生み出す」とか「感染の流行を早期に終息させるためには、クラスター(集団)が次のクラスター(集団)を生み出すことを防止することが極めて重要」といった文言は、何を意味するのか謎である。

この時期の資料を見ると、この「クラスター」あるいは「集団」とは、ひとりの感染者から多数の2次感染が出ること、あるいはその場合の感染者たちのことをいう、という意味で捉えられていたようである。「基本方針」と同日に新型コロナウイルス対策本部が「クラスター班」を設置した際、その説明の文書を厚生労働省が発表している。この文書でも「クラスター」の定義はないのだが、「クラスター対策」の重点を説明するところで、つぎのようにある。

一部に特定の人から多くの人に感染が拡大したと疑われる事例が存在し、一部の地域で小規模な患者クラスター (集団) が発生

〔……〕

いかに早く、 ①クラスター発生を発見し、③具体の対策に結びつけられるかが感染拡大を抑え自体を収束させられるか、大規模な感染拡大につながってしまうかの分かれ目
―――――
厚生労働省 (2020-02-25)「新型コロナウイルス クラスター対策班の設置について」 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_09743.html
〔強調部分は原文では下線〕〔②がないのは原文通り〕

https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000599837.pdf

この文章のすぐ下にはつぎのような図があり、赤字で「対応が遅れればクラスターの連鎖 (リンク) を生み、大規模な感染拡大につながる」と書いてある。


―――――
厚生労働省 (2020-02-25)「新型コロナウイルス クラスター対策班の設置について」 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_09743.html

https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000599837.pdf

これらの記述からは、ひとりから多数に感染させるような場合を「クラスター」と呼んでおり、そこで感染した人がまた多数への感染を生じさせることを「クラスターの連鎖」といっているように読みとれる。

2月28日の『朝日新聞』には、当時の北海道の状況に関する押谷仁の説明が載っている。「クラスター」ということばそのものについての定義は書いていないのだが、下記のような図があるので、ひとりから多数への感染を指して「クラスター」と呼んでいることがわかる。


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朝日新聞 (2020-02-28)「新型ウイルス拡大、原因・対処法は 専門家3人に聞く」(聞蔵II for Libraries による)

ところが、その一方で、国立感染症研究所が管理していた「積極的疫学調査」においては、ぜんぜんちがう「クラスター」定義が採用されていた。

「患者クラスター(集団)」とは、連続的に集団発生を起こし(感染連鎖の継続)、大規模な集団発生(メガクラスター)につながりかねないと考えられる患者集団を指す。
―――――
国立感染症研究所 感染症疫学センター「新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領 (暫定版):患者クラスター(集団)の迅速な検出の実施に関する追加」(2020年2月27日版). https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9357-2019-ncov-02.html

https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/corona/2019nCoV-02-200227.pdf

この一文の解釈については https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20201216/cluster#niid で吟味した。

  • 短い期間に複数の新たな患者が発生していて
  • それらの患者が同一の感染連鎖上にある

場合に、それらの患者をまとめて「クラスター」と呼ぶ、ということであろう。すなわち、ひとりから多数への感染が生じていなくても、感染の連鎖がつづいていれば「クラスター」である。また、感染連鎖のなかの一部を取り出すのではなく、全体がまとめてひとつの「クラスター」である。

『読売新聞』の2月27日の記事は、この「クラスター」定義を採用していたようである。本文中には「10~20人の小規模な感染集団 (クラスター)」という説明しかないのだが、下記のような図があるので、小規模な感染が複数連なっている状態を指して「クラスター」といっていることがわかる。


―――――
読売新聞 (2020-02-27)「感染 たどれぬ経路」(新型肺炎 現場から (上)) (ヨミダス歴史館 による)

この記事の末尾では、当時の北海道の状況について「数人程度の感染者が各地で報告され」ていると解説したうえで、「政府は、クラスターが次のクラスターを生み出さないことが重要なカギになると呼びかけた」と書いている。上記のように、この記事では「クラスター」は感染連鎖の全体を指しているとすると、「クラスターが次のクラスターを生み出」すことは、普通の意味では不可能である。あるクラスターに属する感染者からの2次感染が生じれば、それもふくめての感染連鎖になる。つまり、クラスターが拡大していくことはあっても、別のクラスターを生み出すことはないはずである。

この一見妙に思える「クラスターが次のクラスターを生み出」すという表現が何を意味していたかは、当時の北海道の状況 (下図) を基に考えると、想像がつく。


―――――
読売新聞 (2020-02-27)「感染 たどれぬ経路」(新型肺炎 現場から (上)) (ヨミダス歴史館 による)

同日の別の記事 (下図) によると、北海道内で2-3人の感染連鎖が9つ見つかっていた。これらが別々に道外から来たとは考えにくい。おそらくは、これらの一見孤立して見える感染連鎖の間につながりがあるのだろうが、どことどこがつながっているのかかはわかっていない。


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読売新聞 (2020-02-27)「小規模な患者集団 点在 道内「クラスター」懸念」 (ヨミダス歴史館 による)

『読売新聞』記事が「クラスターが次のクラスターを生み出」すと書いていたのは、おそらくこのような事態を指している。本当はひとつながりのクラスターのはずなのに、その一部を観測しそこなったことによって、複数のクラスターであるかのように見えてしまう状況。つまり、感染経路を追跡できていなかったということである。この場合、それらの間をつなぐ感染者を見つけられていない。この感染者は隔離できていないので、そこから感染がすでに広がっている可能性がある。

「集団感染」と「クラスター」

厚生労働省による「集団感染」「クラスター」の解説 (2月29日, 3月1日)

2月29日、厚生労働省はウェブサイトに掲載していた「新型コロナウイルスに関するQ&A」を改訂し、「集団感染を防ぐためにはどうすればよいでしょうか?」という項目を追加した。そこに「小規模患者クラスター」の定義が登場する。

問12 集団感染を防ぐためにはどうすればよいでしょうか?
多くの事例では新型コロナウイルス感染者は、周囲の人にほとんど感染させていないものの、一人の感染者から多くの人に感染が拡大したと疑われる事例が存在します(屋形船やスポーツジムの事例)。また、一部地域で小規模患者クラスターが発生しています。

※「小規模患者クラスター」とは、感染経路が追えている数人から数十人規模の患者の集団のことを言います。

急激な感染拡大を防ぐためには、小規模患者クラスターの発生の端緒を捉え、早期に対策を講じることが重要です。これまでの感染発生事例をもとに、一人の感染者が生み出す二次感染者数を分析したところ、感染源が密閉された(換気不十分な)環境にいた事例において、二次感染者数が特徴的に多いことが明らかになりました。
―――――
厚生労働省 (2020-02-29)「新型コロナウイルスに関するQ&A (一般の方向け)」(2月29日時点版)

http://web.archive.org/web/20200229174116/https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00001.html#Q12

「感染経路が追えている数人から数十人規模の患者の集団」が「小規模患者クラスター」だという。上記の「積極的疫学調査要領」と同様に、同一の感染連鎖でつながっている患者をまとめて「クラスター」とする定義と考えていいだろう。「数人から数十人」というのは「小規模」という部分に対応していて、これを上回る人数の感染連鎖になると「大規模クラスター」と呼ぶのであろう。

なお、この項目は「集団感染」についてのものである。「集団感染」は、ここでは屋形船やスポーツジムのようなところで多くの人が感染した事例を指しているようであり、「クラスター」とは別のことばというあつかいになっている。

厚生労働省は、翌3月1日にも「新型コロナウイルスの集団感染を防ぐために」という資料を公開している。これも用語のあつかいは上記Q&Aと同様であり、

  • 感染経路が追えている数人から数十人規模の患者の集団のことを「クラスター」という
  • 1か所での大勢の感染を「集団感染」という

という定義になっている。

国内では、散発的に小規模に複数の患者が発生している例がみられます。
この段階では、濃厚接触者を中心に感染経路を追跡調査することにより感染拡大を防ぎます。
今重要なのは、今後の国内での感染の拡大を最小限に抑えるため、
小規模な患者の集団(クラスター)が次の集団を生み出すことの防止です。

※「小規模患者クラスター」とは
感染経路が追えている数人から数十人規模の患者の集団のことです。

〔……〕

スポーツジム、屋形船、ビュッフェスタイルの会食、雀荘、スキーのゲストハウス、密閉された仮設テントなどでは、一人の感染者が複数に感染させた事例が報告されています。

 このように、集団感染の共通点は、特に、「換気が悪く」、「人が密に集まって過ごすような空間」、「不特定多数の人が接触するおそれが高い場所」です。
―――――
厚生労働省 (2020-03-01)「新型コロナウイルスの集団感染を防ぐために」

https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000602323.pdf

専門家会議「見解」(3月2, 9日)

ところが、その翌日 (3月2日) に専門家会議が発表した見解は、まったくちがうものであった。

一定条件を満たす場所において、一人の感染者が複数人に感染させた事例が報告されています。具体的には、ライブハウス、スポーツジム、屋形船、ビュッフェスタイルの会食、雀荘、スキーのゲストハウス、密閉された仮設テント等です。このことから、屋内の閉鎖的な空間で、人と人とが至近距離で、一定時間以上交わることによって、患者集団(クラスター)が発生する可能性が示唆されます。そして、患者集団(クラスター)が次の集団(クラスター)を生むことが、感染の急速な拡大を招くと考えられます。
―――――
新型コロナウイルス感染症対策専門家会議 (2020-03-02)「新型コロナウイルス感染症対策の見解」

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/newpage_00011.html

ここでは、「クラスター」とは、屋内の閉鎖的な空間での一定時間以上の交わりによって生まれる患者集団のことである。これは、上記の厚生労働省Q&Aでの用法でいえば、「集団感染」にあたる。

この1週間後に専門会議がもう一度出した「見解」では、用語法がさらに混乱している。この3月9日「見解」は、5ぺージの本文に、2ページの「新型コロナウイルス感染症のクラスター(集団)発生のリスクが高い日常生活における場面についての考え方」が付属するかたちになっているのだが、これらの間で「クラスター」の意味が違うのである。

まず、末尾の付属文書「新型コロナウイルス感染症のクラスター(集団)発生のリスクが高い日常生活における場面についての考え方」(pp. 6-7) から検討しよう。

これまでクラスター(集団)の発生が確認された場面とその条件
 これまで感染が確認された場に共通するのは、①換気の悪い密閉空間、②人が密集していた、③近距離での会話や発声が行われたという 3 つの条件が同時に重なった場です。こうした場ではより多くの人が感染していたと考えられます。
〔……〕

〔……〕

これまで、換気の悪い閉鎖空間で人が近距離で会話や発語を続ける環境、例えば、屋形船、スポーツジム、ライブハウス、展示商談会、懇親会等での発生が疑われるクラスターの発生が報告されています。

〔……〕

クラスター(集団)の発生のリスクを下げるための3つの原則
1. 換気を励行する:窓のある環境では、可能であれば2方向の窓を同時に開け、換気を励行します。
―――――
新型コロナウイルス感染症対策専門家会議 (2020-03-09)「新型コロナウイルス感染症対策の見解」(pp. 6-7)

https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000606000.pdf

ここで「クラスター」といっているのは、屋形船などの閉鎖的な空間で生じる集団感染のことである。これは、3月2日の専門家会議「見解」と共通の用語法といえる。

これに対して、その前の本文では、つぎのようなことが書かれている。

WHO は、今回の新型コロナウイルス感染症の地域ごとの対策を考えるために、3 つの異なるシナリオ(3Cs)を考えるべきとしています。つまり、それぞれの地域を 1)感染者が他地域からの感染者に限定されている地域(Cases)、2)クラスターを形成している地域(Cluster)、3)地域内に広範に感染者が発生している地域(Community Transmission)、の 3 つに分類して対応を考えることが必要だとしています。
―――――
新型コロナウイルス感染症対策専門家会議 (2020-03-09)「新型コロナウイルス感染症対策の見解」(pp. 3-4)

https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000606000.pdf

この引用文中の「クラスター」を「集団感染」と同義に解釈してしまうと、このWHOのシナリオ中の3分類のうち、2 (Cluster) と 3 (Community Trasnmission) は排他的ではなくなってしまう。広範に集団感染が起きている場合には両方に当てはまることになってしまい、2と3を区別できない。

WHOの「シナリオ」なるものについて専門家会議は出典を示していないので、この「Cluster」が何を意味していたかはよくわからない。ただ、当時のWHO関連情報を探していくと、WHO事務局長の3月4日の会見資料につぎのような表現が出てくる。

There is no one-size fits all approach. Different countries are in different scenarios.
119 countries have not detected any cases. And of the 75 countries with cases, 47 have 10 cases or less.
Some have just reported their first cases.
Some have clusters of cases, with transmission between family members and other close contacts.
Some have rapidly expanding epidemics, with signs of community transmission.
And some have declining epidemics, and have not reported a case for more than two weeks.
Some countries have more than one of these scenarios at the same time.
WHO is advising countries on actions they can take for each of the “three Cs” scenarios — first case, first cluster, and first evidence of community transmission.
The basic actions in each scenario are the same, but the emphasis changes depending on which transmission scenario a country is in.
―――――
WHO (2020-03-03) WHO Director-General's opening remarks at the Mission briefing on COVID-19: 4 March 2020

https://www.who.int/director-general/speeches/detail/who-director-general-s-opening-remarks-at-the-mission-briefing-on-covid-19---4-march-2020

「Some have clusters of cases,」で始まる文を和訳してみると、つぎのような感じ:

Some have clusters of cases, with transmission between family members and other close contacts.

いくつかの国では、家族その他の濃厚接触者間の感染により、クラスターができている。

これだと、感染経路が追える小規模な患者集団のことを「クラスター」と呼んでいる、と解釈できそうである。

4月9日には、WHOが毎日発行する Coronavirus disease 2019 (COVID-19) Situation Report の、各国の状況の表 (Table 1) に「Cluster of cases」という分類が出てくるようになる (日本もこれに該当するものと分類されている)。

- Clusters of cases: Countries/territories/areas experiencing cases, clustered in time, geographic location and/or by common exposures
―――――
WHO (2020-04-09) Coronavirus disease 2019 (COVID-19) Situation Report, 80

https://www.who.int/docs/default-source/coronaviruse/situation-reports/20200409-sitrep-80-covid-19.pdf

ある国/領域/地域におけるCOVID-19患者が時間、地理的位置、共通の曝露源によってまとめられるような範囲に限られている場合に「Clusters of cases」に分類しますよ、ということであろう。これは、 https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20201216/cluster#epi で紹介した、教科書的な意味での「クラスター」定義に近い。ただ、「共通の曝露源」によってまとめられるような患者の集合も「クラスター」に入るということなので、特に感染力の強い少数の superspreader によって大量の感染が生じている場合も、「クラスター」に分類されるようではある。とはいえ、そういう superspreader がいなくても、特定の地域でのみ感染者が発生していれば「クラスター」になるのだろうから、閉鎖的空間での集団感染よりもずっと範囲が広い概念である。

専門家会議の3月19日「見解」本文 (pp. 1-5) には、これ以外に、「クラスター(集団)の早期発見」のような用例が出てくる。これは、複数の感染者が同一の感染連鎖に属することを早期に同定することと解することもできるし、superspreader からの感染を (そこからの2次感染が広がる前に) 早期発見することを指しているとも解せる。

一方で、「集団感染」はつぎのように使われている。

これまでに明らかになったデータから、集団感染しやすい場所や場面を避けるという行動によって、急速な感染拡大を防げる可能性が、より確実な知見となってきました。 これまで集団感染が確認された場に共通するのは、①換気の悪い密閉空間であった、②多くの人が密集していた、③近距離(互いに手を伸ばしたら届く距離)での会話や発声が行われたという 3 つの条件が同時に重なった場です。
―――――
新型コロナウイルス感染症対策専門家会議 (2020-03-09)「新型コロナウイルス感染症対策の見解」(p. 4)

https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000606000.pdf

これは付属文書「新型コロナウイルス感染症のクラスター(集団)発生のリスクが高い日常生活における場面についての考え方」でいう「クラスター」とおなじものである。

以上を考えあわせると、この3月9日「見解」は、本文においては「集団感染」と「クラスター」を使いわけている (ただし「クラスター」の意味は一定しない) のに対して、付属文書では集団感染のことを「クラスター」と呼んでいる、と整理できる。

日本公衆衛生学会による「クラスター対応戦略」(3月10日)

同時期に、「ひとりから多数への感染」の意味で「クラスター」を定義した専門家向け文書も存在する。日本公衆衛生学会感染症対策委員会による「クラスター対応戦略の概要」(3月10日暫定版) である。

通常の感染者の多くはほぼ2次感染者を生み出さないが、感染者のごく一部が2次感染者を数多く生み出すという、いわゆるクラスター(患者の集積)の発生が、流行につながっていると考えられる。逆に、新たな場所にウイルスが入り込み、家族内感染や医療従事者への感染などの2次感染が起きても、一定規模のクラスターさえ起きなければ、そのような感染連鎖の R0 は1未満なので、そのような感染連鎖は継続できず、消滅していくことになる。
 大規模な流行が起こる条件としてはクラスターからクラスターにつながるクラスター連鎖が継続して起こること(図4)、もしくは 1 人の感染者から非常に多くの感染者が生じるような大規模クラスターが起こることである(図5)。つまり、クラスター連鎖や大規模クラスターを防ぐことさえできれば大規模流行にはつながらないと言える。
 クラスター連鎖を防ぐためにはクラスターをできる限り見つけだし、そのクラスターに関連する別のクラスターが生じることをできるだけ防ぐことと、クラスターの周辺に別のクラスターがないかどうかを徹底的に探していく作業が必要である。クラスターに引き続いて新たな別のクラスターが生じることを防ぐためには、ひとつひとつのクラスターにおける感染例を最大限徹底して見つけだし、軽症例は自宅待機、重症例は入院管理を迅速に行う必要がある(接触者調査の徹底)。軽症例・無症候例でも感染源になっている可能性を考えると、クラスターの感染源となったイベントや会合の参加者全員に、症状の有無を問わずに自宅待機を要請することが原則となる。しかしながら、リスク評価の結果、すべてのイベント参加者の感染リスクが高いわけではなく、一定時間以上の会話をするようなコンタクトのあった濃厚接触者のみにそのような対応をすれば良い状況であると評価されれば、イベントや会合の参加者全員に自宅待機を要請する必要のない場合もある。
―――――
日本公衆衛生学会感染症対策委員会「クラスター対応戦略の概要」(2020年3月10日暫定版)
pp. 2-3 〔図は省略した〕

https://www.jsph.jp/files/docments/COVID-19_031102.pdf

ここでは、「感染者のごく一部が2次感染者を数多く生み出す」ことを指して「いわゆるクラスター (患者の集積)」といっている。これは感染連鎖の全体を指すわけではなく、その一部だけを指している。「クラスターの感染源となったイベントや会合」といっているので、専門家会議「見解」と同様に、特定のイベントで多くの2次感染者が出ることを想定しているが、定義上はそのように明示されているわけではなく、ひとりの感染者が複数のイベントでそれぞれ少数ずつの2次感染を起こす (全部合計すると大人数になる) ような場合もふくむように見える。

厚生労働省「全国クラスターマップ」問題 (3月15日)

以上のように、3月上旬までの間に政府や専門家の作成した資料には、3種類の「クラスター」定義が併存していた。

  • 捕捉されている感染連鎖
  • 1か所での大勢の感染 (「集団感染」と同義)
  • ひとりから大勢への感染 (感染場所は1か所に限定されない)

これらのうち、第2番目の「集団感染」と同義とする定義が、3月後半には主流になっていく。

大きな転機となったのが、3月15日に厚生労働省が発表した「全国クラスターマップ」である。


―――――
厚生労働省 (2020-03-15)「全国クラスターマップ」(2020年3月15日時点版) (公開時PDFファイル)

http://web.archive.org/web/20200315102950/https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000608450.pdf

このマップ本体 (PDF) には、「(注) クラスターの分類は、東北大学押谷教授、北海道大学西浦教授らによるもの。」という説明しかない。

このPDFファイルをリンクしていた厚生労働省ページ「新型コロナウイルス感染症について」には、つぎのようにあった。

○全国クラスターマップ(3月15日掲載)NEW
国内で報告された新型コロナウイルス感染症の感染者に係る報告を基にした追跡調査の結果、感染者間の関連が認められた集団(クラスター)を地図上に表示したものです。なお、都道府県別の感染者数を反映したものではありません。
また、本報告数は地方自治体の報道発表等に基づき新型コロナウイルス厚生労働省対策本部が集計した速報値に基づくもので、随時更新されます。
・全国クラスターマップ(3月15日)
―――――
厚生労働省 (2020-03-15)「新型コロナウイルス感染症について」

http://web.archive.org/web/20200315083432/https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00001.html

「追跡調査の結果、感染者間の関連が認められた集団」を「クラスター」と呼んでおり、それを地図上に表示したという。つまり、当局が捕捉した感染連鎖を示したマップであった。

この「全国クラスターマップ」は、大分県からの抗議を招き、2日後に修正された。ことの顛末を、FRIDAYが取材している。

3月15日の日曜日の夜、厚生労働省は新型コロナウイルスの「クラスター感染」が起きた場所のマップを、突然ホームページで公開した。このマップには 5人以上が集団感染するクラスター が起きた地域として、10都道府県が指定されている。

しかし、このマップで「クラスター」に指定された大分県が、「このやり方はおかしい」と異を唱えて抗議した。

〔……〕

大分県内の感染者は、大分市最大の歓楽街のキャバクラで働いていた30代の女性従業員1人しかいない。このキャバクラを2月20日に訪れた山口県の男性や、愛知県の男性2人の感染が明らかになっているが、感染ルートは不明のままだ。

店の従業員や客を検査したが、他に感染者はいなかったという。少なくとも大分市で感染が広がったとは言えない状況なのだ。

〔「全国クラスターマップ 3月15日12時時点」の画像〕

大分県によると、厚生労働省のクラスター対策班は、キャバクラを訪れた山口県の男性の家族2人や、愛知県の男性の同僚が感染していることから、二次感染も含めて「大分県を5人以上のクラスターと定義した」と説明したという。

しかし、大分県側はこれに反発。「同一場所での集団感染をクラスターとすべきだ」と主張した。

〔……〕

こうした抗議などによって、17日午後4時過ぎ、厚労省はクラスターマップの修正版を公開。修正版では、大分県と和歌山県が「クラスター」から消え、千葉県は数字が2から1に、神奈川県は逆に1から2に変更されていた。おそらく同様の「誤り」を指摘されたのだろう。

〔「全国クラスターマップ 3月175日12時時点」の画像〕

また、18日午後7時時点では、クラスターマップを公表しているページ自体が閉鎖されてしまった。

クラスターマップをめぐる混乱をみると、厚労省の「クラスター」の定義についての考え方、まとめ方が雑だったのではないかと言える。ちぐはぐな対応が、各県の関係者や歓楽街を窮地に追い込むことを、政府や行政機関は重く受け止めるべきだろう。
―――――
講談社「厚労省作成「コロナクラスターマップ」こんなにお粗末」FRIDAY DIGITAL 2020年03月19日
〔強調は引用者による〕

https://friday.kodansha.co.jp/article/102648

記事から、大分県と厚生労働省との間の見解の相違は2点あったことがわかる。

  • 当該の店で感染が起きたのかどうか
  • 「クラスター」とは、同一場所での集団感染を指すのか、感染の連鎖を指すのか

前者は事実認定の問題である。「山口県の男性」や「愛知県の男性」が大分県で感染したのではないとすれば、大分県における症例とは関係ないことになり、当然のことながら大分県のクラスターには入れられない。

もし、この抗議を理由として感染源の認定を厚生労働省が取り消したのだとすれば、それは大問題である。いわゆる 「8割は人にうつさない」データ の例からわかるように、誰から誰に感染したかの情報は、政策の基礎となる重要なもの。それが自治体からの抗議でひっくり返るような確度の低いもの (あるいは政治的な圧力によって動くもの) だったということになるからである。ただ、これは「クラスター」の定義の問題とは関係ない。

これに対して、後者はまさに「クラスター」定義をめぐる争いである。

厚生労働省は、同一感染連鎖内の感染者という意味での「クラスター」を表示しようとしたわけである。大分県の件については、キャバクラ店員 (感染経路不明) から、県外からの客が感染し、さらにその家族などに感染が広がったと認定していた。この認定が正しいなら、一連の感染連鎖による感染者の集団を「クラスター」と呼ぶことに問題はない。ただ、これは山口県と愛知県にも広がったクラスターだったということになるから、「大分県」のクラスターとして表示してしまった点は問題である。このマップからは、山口・愛知両県がクラスターに関係していることがわからない。感染連鎖が複数の都道府県にまたがるのは当然予想すべきことなのに、そういうクラスターをどう図示するかを考えていなかったとすれば、確かに「お粗末」な仕事である。

大分県の言い分は、「同一場所での集団感染をクラスターとすべきだ」ということである。これに対しては、厚生労働省としての「クラスター」定義と判定基準を明示し、そのような「クラスター」の地域ごとの発生状況を把握することの意義をきちんと説明すべきであった。当該クラスターを大分県のものとして表示してしまった点については、素直に謝罪して撤回し、複数県にまたがるクラスターを表示する方法を工夫して修正版を作成すればよかっただろう。

ところが、実際にとられた対応は、定義を変更して、当該クラスターを地図から消し去ることだった。3月17日になって訂正されたクラスターマップについての説明は、こうなっている。

同一の場において、5人以上の感染者の接触歴等が明らかとなっていることを目安として記載しています。家族等への二次感染等を載せていません。また、家族間の感染も載せていません。
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厚生労働省 (2020-03-17)「新型コロナウイルス感染症について」

http://web.archive.org/web/20200317161115/https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00001.html

この 3月17日の訂正版「全国クラスターマップ」 では、「同一の場において、5人以上の感染者の接触歴等が明らかとなっていることを目安として」クラスターを判定したという。3月15日版で採用していた、同一感染連鎖内の感染者という定義を捨て、同一の場で接触歴等があった感染者という定義に変更している。「同一場所での集団感染をクラスターとすべきだ」という大分県の主張にほぼ沿った変更といえる。

ただし、その場所での感染を条件とするのではなく、「接触等」を条件としている。つまり、感染経路は不明であっても、その場で接触があったことがわかれば、クラスターにふくめてよいということである。これは、どこで誰から感染したかの事実認定をめぐる、上記のような争いを避けるためかもしれない。結果として、この厚生労働省の3月17日定義は、前回記事で紹介した教科書的「クラスター」定義 に近いものになっている。おなじ場所におなじ時刻に居合わせたことをもって「接触」ということにすれば、場所と時間でまとめられたケースの集積と事実上おなじことになる。いつどこで誰から誰に感染したのかを同定する面倒な作業をしなくても、あるイベントの参加者から感染者が多数見つかっているという情報さえあれば、そのイベントでクラスターが発生したと認定できる。

なお、上記のFRIDAY記事は、3月15日に最初に公開されたマップについて、「5人以上が集団感染するクラスター」を表示したものと説明しているが、当初のマップにはそのような記述はなかった。記事が示す厚生労働省側の説明をみても、「集団感染」を示したマップだったとは読み取れない。もっとも、そもそも「クラスター」が何であるかの定義をはっきり示していなかったのは厚生労働省のほうである。そのうえ、経緯の説明なくサイトの記述を書き換えてしまったのだから、元の定義をちゃんと理解しろというほうが無理というものではある。

その後、「全国クラスターマップ」は 3月31日に改訂 されている。このときも、「同一の場において、5人以上の感染者の接触歴等が明らかとなっていることを目安として記載」という基準であった。この改訂版については https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20201216/cluster#mhlw 参照。

4-7月における「クラスター」概念の二重構造

報道の変化

3月から4月上旬の新聞記事では、感染連鎖でつながった感染者をまとめて「クラスター」と呼ぶ用法が散見される。愛知県、岐阜県、山口県における3つの「クラスター」報道を確認しておこう。

大村秀章知事は11日午前、記者会見。県内在住の感染者97人中、死者3人を除く81人が、名古屋市内で発生している〈1〉ハワイ帰国者から判明し、スポーツジムなどに広がったクラスター〈2〉デイサービス事業所などの利用者やその接触者らのクラスター――に属していると説明した。
 その上で、「二つのクラスターに加え、大分市内の飲食店利用者ら5人は関連が確認されている」と大半の感染者は経路や関連を把握できているとし、「北海道のように全域で広がっている状況ではない」と強調。クラスターの封じ込めに全力で対応する方針を示した。



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読売新聞 (2020-03-12)「新型コロナ感染100人超:知事会見 クラスター 全力対応方針」(ヨミダス歴史館 による)

 全国的に新型コロナウイルスの感染が拡大するなか、岐阜県内では可児市内の二つの合唱団とスポーツジムの関係者から初めてクラスター(小規模な感染者の集団)が発生した。県は、専門家の意見に基づき、28日に厚生労働省にクラスター対策班の派遣を要請するなど、早期の封じ込めを目指している。

 可児市のクラスターでは、22日以降、関係者の陽性が連日判明し、29日午後4時時点で、県外在住者を含め、計14人の感染が確認されている。このうち、合唱団Aの団員30人については全員のPCR検査が終了、6人の陽性と24人の陰性が確認された。

 合唱団Bの団員23人についても全員の検査が終わり、3人が陽性、20人が陰性だった。陽性だった3人は、いずれも合唱団Aかスポーツジムに関わっており、合唱団Bのみに所属する感染者はいなかった。

 一方で、スポーツジムについては、関係者が多いため、検査に時間がかかっている。これまでに感染が確認されたジム利用者7人と同じ時間帯にジムを利用した人は200人以上とみられる。29日午後4時時点で陰性が確認されたのは82人で、県は数日内に残り100人以上への聞き取りと検査を終えたいとしている。

 29日午後4時までに県内で確認された感染者計20人のうち、6割が可児市のクラスターの関係者だ。そのうち、22日に感染が判明した可児市の70代男性が重症となっている。医療体制を維持するためにも、少しでも重症患者の発生を抑えることは重要。県は、クラスター内での新たな感染者の発見と、感染経路の解明に力を注いでいる。

 28日に県庁であった専門家会議で「クラスターつぶし」のための徹底的なPCR検査を行う方針を確認した。感染経路の解明を重視し、感染者との濃厚接触の有無に関わらず検査している。厚生労働省のクラスター対策班については、派遣の日程を調整中という。



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松沢拓樹「岐阜の合唱団やジムでクラスター発生 封じ込め目指す」朝日新聞デジタル 2020年3月30日 14時00分

https://www.asahi.com/articles/ASN3Z3W3FN3YOHGB003.html

 周南市と下松市の男女5人の間で、新型コロナウイルスのクラスター(感染集団)が発生した可能性が高いと県が発表した6日、村岡知事は「危機感を持っている。感染拡大地域への出張や訪問はできるだけ見合わせてもらいたい」と述べ、県民に自粛を呼びかけた。
 新たに感染が確認されたのは、4日に判明した下松市の男性会社員(40歳代)の濃厚接触者で、周南市の男性2人(30歳代と40歳代)と下松市の男女2人(40歳代と50歳代)の計4人。
 周南市の男性2人と女性は男性会社員の同僚で、いずれも発熱があった。周南市の男性2人は3月25日の大阪出張でも男性会社員と一時行動を共にしていた。
 残りの下松市の男性(40歳代)は男性会社員の仕事上の知人で、3月29日に一緒にゴルフをしていた。4月1日に味覚障害が表れた。4人とも現在は県内の医療機関に入院している。
 県は6日未明の記者会見で、4人の濃厚接触者に対してPCR検査を行うなどし、感染範囲の特定を急ぐ考えを強調した。感染拡大防止策を講じるため、厚生労働省のクラスター対策班への支援要請も検討するとしている。



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読売新聞 (2020-04-07)「新型コロナ 出張、訪問自粛呼びかけ 周南・下松 クラスター疑いで知事」(西部朝刊) (ヨミダス歴史館 による)

これらの記事では、いずれも、複数の場所での感染 (しかし感染連鎖としてつながってはいる) をまとめてひとつの「クラスター」と呼んでいた。

しかし、4月後半以降は、複数の場所での感染をまとめてひとつの「クラスター」として報じる記事は見られなくなる。たとえば、札幌市では複数の喫茶店等での感染が6月にみつかり、メンバーの重複から、ひとつの感染連鎖をなすものと見られていた。このケースでは、店舗ごとに別のクラスターだというあつかいになっている。

 道内では17日、新型コロナウイルスの感染者が新たに札幌市で6人確認された。札幌市は同日、昼間にカラオケを行っていた同市北区新琴似の「カラオケ広場さっぽろ挽歌(ばんか)」で5人の感染が判明し、「昼カラオケ」に関係する市内3か所目のクラスター(感染集団)を確認したと発表した。
 6人のうち4人は70~80歳代の男女で、2人は年代非公表の男女。このうち、80歳代無職女性1人の感染経路が分かっていないという。
 札幌市によると、「カラオケ広場さっぽろ挽歌」は市内12か所目のクラスター。利用客4人、従業員1人の感染が判明した。今月4日に同店で「昼カラオケ」をしていた利用客のうち1人は、9日にクラスターと認定された、昼カラオケをしている喫茶店にも5月27日に訪れていた。従業員は無症状で13日まで勤務しており、14日にPCR検査を行って陽性とわかった。
 カラオケ広場さっぽろ挽歌では定期的に換気をしていたが、飛沫(ひまつ)感染を防ぐためにマスク着用を徹底したり、仕切りを設置したりといった対策は取っていなかった。市保健所は感染の可能性がある6月4~13日の利用客48人のうち28人と連絡が取れていないとして、店名を公表し、利用客は市の相談窓口(011・632・4567)に連絡するよう呼びかけている。
 市内の「昼カラオケ」に関係する感染者は、クラスター3か所の計35人を含め、利用客43人、従業員9人の計52人になった。ほとんどが60歳以上だった。



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読売新聞 (2020-06-18)「新型コロナ 札幌 新たに6人感染 「昼カラ」クラスター 3店目確認」(ヨミダス歴史館 による)

この記事は、クラスターを「○○か所」のように数えており、場所を単位として感染者を区切るものと認識していることがわかる。

もっとも、このような用法の変化は、報道する側の方針というよりは、発表する自治体側の情報のあつかいが変化したことの結果なのだろう。読売新聞の4月24日の記事は、全国の「クラスター」をリストアップしているが、その際、つぎのような注釈をつけている。

都道府県などの発表と読売新聞の取材に基づき、「特定の場所や会合などに関連して5人以上の感染者集団が発生したケース」を掲載。自治体や施設が「クラスター」発生の可能性を指摘したケースなどをまとめたが、クラスターと断定していない事例もある。自治体によっては、特定の場所・会合で感染した人だけでなく、そこから別の人に感染が広がった場合も集団の人数に含めている事例もある。また、各集団の感染者には重複もある。
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読売新聞 (2020-04-24)「クラスター 全国に 50人超12か所 都市部中心」(ヨミダス歴史館 による)

この時点で、場所やイベントによって感染者の集団を認定するやりかたが主流になっていたようだ。ただし、この基準は必ずしも統一されていたわけではなく、そこからの感染連鎖をたどってひとつの「クラスター」とみなす自治体もあったことがわかる。

国立感染症研究所「積極的疫学調査要領」

一方で、保健所等がおこなう積極的疫学調査においては、「クラスター」のあつかいは、2月末からまったく変わらなかった。国立感染症研究所の編集する「積極的疫学調査要領」は、2月27日に暫定版 (上記) が出たあと、3月12日、4月20日、5月29日に改訂されているが、それらのどれにおいても、「クラスター」の定義は同一である。

「患者クラスター(集団)」とは、連続的に集団発生を起こし(感染連鎖の継続)、大規模な集団発生(メガクラスター)につながりかねないと考えられる患者集団を指す。
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国立感染症研究所 感染症疫学センター「新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領」(2020年4月20日版). https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9357-2019-ncov-02.html

https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/corona/2019nCoV-02-200420.pdf

この4月20日版から、「調査要領」に「新型コロナウイルス感染症におけるクラスター対策の概念」というセクションが加わっている。そこには、「クラスター対策」の手法と目的について、つぎのような説明がある。

○新型コロナウイルス感染症におけるクラスター対策の概念
 実際に各地で行われてきた新型コロナウイルス感染症に対するクラスター対策は、可能な範囲での感染源の推定(さかのぼり調査)、及び感染者の濃厚接触者の把握と適切な管理(行動制限)という古典的な接触者調査を中心としている。クラスターの発端が明確で、かつ濃厚接触者のリストアップが適切であれば、既に囲い込まれた範囲で次の感染が発生するため、それ以上のクラスターの連鎖には至らない。
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国立感染症研究所 感染症疫学センター「新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領」(2020年4月20日版). https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9357-2019-ncov-02.html

https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/corona/2019nCoV-02-200420.pdf

つまり感染の連鎖をすべて摘発し、感染した可能性のある者をすべて囲い込めば流行を終息させられるということである。感染連鎖の全体を漏れなく把握することがここでいう「クラスター対策」の目標である。集団感染や superspreader の発見に重点をおくものではない。

カタカナ語への反発

すこし時間をさかのぼって、3月下旬に、河野太郎防衛大臣 (当時) が、「クラスター」などのカタカナ語を政府が使用することについて、ネット上で疑義を呈している。

 河野氏は22日に自身のツイッターで、クラスターは「集団感染」、オーバーシュートは「感染爆発」、ロックダウンは「都市封鎖」にそれぞれ置き換えられると指摘。会見では「年配の方をはじめ、よく分からないという声を聞く」と語り、厚生労働省などに働き掛ける考えも示した。
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時事通信社 (2020-03-24)「感染症用語、カタカナ語控えて 河野防衛相が提起―新型コロナ」時事ドットコム 18時00分

https://www.jiji.com/jc/article?k=2020032401030

国会でも、3月26日の参議院外交防衛委員会において、つぎのように答弁した。

○白眞勲君 〔……〕
 ちょっと最後に、新型コロナウイルス感染症に関して河野防衛大臣が、これはツイッターで、なぜ片仮名かと。今も松川先生もオーバーシュートとかロックダウンとおっしゃった。クラスター、オーバーシュート、ロックダウンのような片仮名語を日本語で表記した方がいいと指摘しているわけですね。
 これ、防衛大臣、何かコメントあるなら、しゃべってください。

○国務大臣(河野太郎君) かつて行革担当大臣を拝命をしておりましたときに、IT関係の政府の会議に出席しましたところ、やたらと片仮名がたくさん使われていて、そこに出席している担当省庁の人間も分かっていなかったということがありました。
 今回のコロナに関連して専門家の先生方がいろいろおっしゃるんですけれども、私の周りにも何を言っているか分からぬという声もありましたので、防衛省の方から厚労省に対して、分かりやすい日本語を使ってくださいという申入れをしているところでございます。
 政府の発信でございますから、万人が分かりやすい言葉でやるべきだろうというふうに思っております。
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国会会議録 (2020-03-26) 第201回国会 参議院 外交防衛委員会 第6号

https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=120113950X00620200326&spkNum=51

すくなくとも「クラスター」ということばに関しては、この発言はポイントをはずしている。「クラスター」と聞いて「何を言っているか分からな」いのは、それがカタカナ語であるからではなく、多義的に用いられているからである。とはいえ、新奇なカタカナ語を使うことでごまかされてしまっている側面があるのも確かであり、この機会に、では日本語ですでに定着したことばに置き換えるなら何が適当か? といった議論が起これば、概念の多義性を見直すきっかけにはなっただろう。しかし、実際にはそのような議論は発展せず、その後も「クラスター」ということばは多義的なまま漫然と使い続けられることになった。

二重構造の融解

このようないきさつを経て、5-6月ごろには、一般向けの政府発表や報道で見かける用語としては、「クラスター」といえば「1か所で起こる集団感染」のことを意味するという合意が成立していた。特に病院や高齢者施設での大規模な感染が報道されることが多かったため、「クラスター」ということばが使われ始めた当初の「ひとりから多数に短時間のうちに感染する」という意味あいは薄れ、大勢が過ごす施設内で、誰も気づかないうちに長期間をかけて少しずつ感染者が増えていくような場合を典型例としてとらえる人も多くなっていたのではないかと思われる。

一方で、保健所等がおこなう積極的疫学調査では、従前とおなじく、感染連鎖の全体を指して「クラスター」と呼ぶ用法が健在であった。報道等においても、専門家のコメントなどに、「クラスターを追跡する」などの言い回しでこの用法はときどき顔を出している。

この状況のなか、突然、多くの場所での感染がつながっている状態を指して「クラスター」と呼ぶ用法が一般向けの報道に登場する。

感染者の集団、クラスターが発生した典型的なケースを分析した事例集を国立感染症研究所が公表し、いわゆる「3密」の環境にいたりマスクを着用していなかったりするときなどに、感染が広がったとして改めて、基本的な対策を徹底するよう呼びかけています。

国立感染症研究所で感染状況の調査を行っている専門チームは、先月までの半年間に各地で確認されたクラスター、およそ100例を分析し、典型的なケースをまとめた事例集を公表しました。

この中で、例として挙げているのは、医療機関での院内感染、カラオケを伴う飲食店、職場での会議、スポーツジム、接待を伴う飲食店、バスツアーの6つで、それぞれ分析した結果と注意点が示されています。

〔……〕

事例集は厚生労働省のウェブサイトで見ることができ、国立感染症研究所の鈴木基感染症疫学センター長は、「日頃の感染対策に生かしてほしい」と話しています。

https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000654503.pdf
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NHK (2020-08-14)「クラスター100例を分析 “典型的なケース”とは 国立感染症研」NHK NEWS WEB 6時21分

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200814/k10012566171000.html

URLが示されている https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000654503.pdf は、7月30日に開催された 厚生労働省アドバイザリーボードの第4回会議 に参考資料として出された「クラスター事例集」で、国立感染症研究所の感染症疫学センター/実地疫学専門家養成コース (Field Epidemiology Training Program: FETP) によって作成されている。

この参考資料の3枚目にある、「昼カラオケクラスター」の事例をみてみよう。


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国立感染症研究所 感染症疫学センター/実地疫学専門家養成コース (FETP) (2020-07-30) 「クラスター事例集」
第4回厚生労働省アドバイザリーボード 参考資料 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00093.html#h2_free17
p. 3

https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000654503.pdf

一見してわかるように、ここで「クラスター」と呼ばれているものは、5つの店舗で生じた感染の集積であり、1か所での集団感染を表しているのではない。感染者が複数の店舗を利用したことが感染が広げたと示されているので、感染連鎖としての「クラスター」を図示していることがわかる。

この事例集では、6種類の「クラスター」事例が紹介されているのだが、そのうち4例目の「スポーツジム関連クラスター」だけが、1か所での集団感染 (スポーツジムの更衣室で5人が感染) である。ほかの5つの事例は、いずれも、複数の場所で感染が連鎖して広がっていくさまを、「クラスター」として描いている。

1か所での感染者数がすくないことも、特徴のひとつである。上で示した「昼カラオケクラスター」の事例では、5カ所で感染が生じているが、それぞれの場所に関連する感染者の数は、最大で4人、平均で1.2人である。厚生労働省の「全国クラスターマップ」(3月17日以降) が特定の場所での5人以上の感染者の接触歴を条件にしていたのにくらべ、非常に小さい規模といえる。

これは表示を簡略化しているだけで、本当の事例ではもっと多かったのだ、ということかもしれない。しかし、別の事例 (バスクラスター) では、運転手からバスガイドに感染した事例が紹介されている。バスツアーの車両1台には、通常、運転手とガイドは1人ずつしかいない。したがって、この事例で、その場所 (1台のバスの中) で感染したバスガイドは1名のみ (ツアーは2回あったので、合計2名)、感染させた運転手も1名であろう。ごくすくない感染者数 (1か所でひとりしか感染していない) であっても、感染が連鎖しているなら「クラスター」と呼んでいるのである。


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国立感染症研究所 感染症疫学センター/実地疫学専門家養成コース (FETP) (2020-07-30) 「クラスター事例集」
第4回厚生労働省アドバイザリーボード 参考資料 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00093.html#h2_free17
p. 7

https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000654503.pdf

この翌日 (7月31日) に開かれた 新型コロナウイルス感染症対策分科会 の第4回会議資料も興味深い。上記とおなじ「クラスター事例集」が参考資料4として出てくるのだが、その前の参考資料3「7月のクラスター等発生状況について」のデータがつぎのような内容なのである。

7月のクラスター等発生状況

分類 件数 総人数 1件あたりの人数 最大人数
接待を伴う飲食店 35 499 14.3 116
会食 31 125 4.0 15
職場 53 213 4.0 17
学校・教育施設等 35 236 6.7 41

(7/1~7/28)

  • 上記のほか、病院や高齢者施設でのクラスター等発生事例が見られる。
  • また、劇場のクラスター等の件数は少ないが、多数の感染者が発生した事案がある。
  • 報道等情報を元に内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室において作成

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新型コロナウイルス感染症対策分科会 (2020-07-31) 第4回会議資料より「7月のクラスター等発生状況について」(参考資料3)
p. 60

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/bunkakai/corona4.pdf

「会食」「職場」の行に注目すると、これらはいずれも「1件当たりの人数」が4.0人である。「最大人数」がそれぞれ15人と17人なので、多人数のケースもあるが、全体としては4人以下の小規模な感染が大部分を占めているものと推測できる。

そこで、表のタイトルをよく見ると、「7月のクラスター等発生状況」となっており、「等」という文字が入っている。「クラスター等」の発生状況ということは、クラスターではないものもふくむということである。この「等」が何であるか、この資料に説明はない。ただ、11月になって、NHKがつぎのように報道している。

厚生労働省は、毎週、報道などをもとに自治体がクラスターと認定した事例や、2人以上が感染した事例をまとめています。
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NHK (2020-11-16)「全国でクラスターなど 9日までの1週間で130件に 前週比26%増」NHK NEWS WEB 13時32分
〔強調は引用者による〕

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201116/k10012714481000.html

分科会参考資料3にある「クラスター等」と、このニュースでいう「2人以上が感染した事例」はちがうのかもしれない。ただ、いずれにしても、分科会参考資料3の「クラスター等」が、5人よりもずっと少人数の感染事例をふくんでいるのは間違いない。

この前の分科会 (第3回、7月22日) の資料にはこのような記述はなかった。それ以降、第4回会議があった7月末までの間に、クラスターのあつかいを変更しなければならない何かがあったのだろう。それまでは1か所で5人以上の感染者がみつかることを「クラスター」の条件としていたものが、このあたりで

  • 1か所での感染者が少人数 (2人以上?) であっても「クラスター」(のようなもの) としてあつかう
  • 複数箇所での感染の連鎖を指して「クラスター」と呼んでもよい

という方向に意味を拡張したわけである。この結果、ひとりから多数への感染という当初の意味が消滅する一方、感染の連鎖を指して「クラスター」とする積極的疫学調査向けの説明が復活してきている。

さらにその後、10月28日の国立感染症研究所 (実地疫学専門家養成コース/感染症疫学センター) の報告「いわゆる「飲み会」における集団感染事例について」では、「集団感染」の定義も、小規模な感染を含むように定義されている。

集団感染とは同一店舗内で2例以上の確定症例が確認された事例をいう
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国立感染症研究所 実地疫学専門家養成コース (FETP)/感染症疫学センター (2020-10-28)「いわゆる「飲み会」における集団感染事例について」

https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9941-covid19-26.html

この報告には、図解のPDFファイルが付属している。そこでの「集団感染」の定義はつぎのとおりである。

集団感染事例:1つの場所において2例以上の集積がみられたもの
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国立感染症研究所 実地疫学専門家養成コース (FETP)/感染症疫学センター (2020-10-23)「いわゆる「飲み会」における集団感染事例」
p. 4

https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/corona/covid19-26.pdf

ここで「2例以上」というのは、おそらく、その場で感染した人が2人以上、ということだろう (感染させた人もその場にいたはずなので、関係する関係者は3人以上ということになる)。実際、いちばん感染者数がすくない「ケースD」で図示される感染者は2名なのだが、このケースでは店内にいたほかの客 (同定できていない) が感染源だったとみているようである。

ケースD:感染源不明、同じ店舗内に居合わせた客と従業員が同時期に発症し、陽性


〔……〕



―――――
国立感染症研究所 実地疫学専門家養成コース (FETP)/感染症疫学センター (2020-10-23)「いわゆる「飲み会」における集団感染事例」
p.9

https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/corona/covid19-26.pdf

そのように考えると、1か所で2名以上が感染していればそれは「集団感染」と呼ばれることになる。相当小規模なものまでふくめるように定義しなおされているわけである。

議論

「クラスター」とは一定の範囲の患者を集団として区切って認識するための概念であるが、その定義にはふたつの系列のものがあった。場所によって規定するものと、感染の連鎖によって規定するものである。日本のCOVID-19対応においては、「クラスター対策」が唱えられはじめた当初 (2月下旬から3月上旬) からずっと、これらの2系列の定義が共存してきた。

政府や専門家、自治体から一般向けに発せられるメッセージにおいては、4-6月には、場所による規定 (特定の場所での5人以上の集団感染) がいったん主流になる。しかし7月末には、感染のネットワークをたどって複数の場所での少数の感染が連鎖したものを「クラスター」と呼ぶ用法が復活した。集団感染の意味での「クラスター」も依然として使用されており、両者が入り混じって現在にいたる

一方で、保健所等がおこなう積極的疫学調査においては、「クラスター」は感染の連鎖を指すものであった。これは、2月末にこの概念が導入されて以降、現在まで一貫している。

このような棲み分けがなされてきたことは、日本における COVID-19対応を理解するうえで重要な意味を持つ。「クラスター対策」を主唱してきた政府や専門家、それを報道してきた報道機関と、現場で「クラスター対策」を実行してきた保健師等とでは、認識が全然ちがっていたことを意味するからである。一般向けに喧伝されてきた「クラスター対策」とは、1か所でひとりから多人数に一気に感染するような superspreading event を見つけ出すことを重視するものであった。これに対して、積極的疫学調査の現場で実際におこなわれる「クラスター対策」は、規模の大小にかかわらず、すべての感染連鎖を把握して管理下に置くことを目標とする (実際にそれが実現できていたかはともかく)。

もうひとつ、「クラスター」概念の変遷を追ってきて気づくことは、想定される規模 (人数) が徐々に切り下げられてきたことである。2月にこの概念が使われ始めた当初は、10人を超えるような規模のもの (一カ所での集団感染であるにせよ、複数の場所での感染をつなぐ連鎖であるにせよ) がイメージされていた。それが、3月15日に厚生労働省が「全国クラスターマップ」を作った時には、5人以上の感染者という基準で、かなり小規模な感染者の集合も「クラスター」と呼ぶようになる。7月末以降は、厚生労働省や新型コロナウイルス感染症対策分科会や国立感染症研究所は、2人以上の感染者が出たケースを指して「クラスター」と呼ぶようになったので、「大規模な感染」という意味はなくなってしまった。

もっとも、自治体が認定する「クラスター」については、従前とおなじ「5人以上」の基準が使われているようである。

道は、苫小牧市の高校の運動部で新たなクラスター=感染者の集団が発生したと発表しました。
道によりますと、先月29日、この運動部に所属する生徒1人の感染が確認されたことから、同じ部活動の生徒や顧問の教師などを対象に検査を行ったところ、これまでに最初の1人を含め生徒あわせて7人の感染が確認されたということです。
―――――
NHK (2021-01-02)「道内各地の感染者情報 2日」NHK北海道 NEWS WEB 19時11分

https://www3.nhk.or.jp/sapporo-news/20210102/7000028902.html

条例で「患者の集団であって、その人数が5名以上であるもの」と定義してしまっている鳥取県 (条例51号 2020年8月27日) のような例もあるので、簡単に定義を変えられるものでもないのだろう。

このように、中央政府やそれに関係する専門家が口にする「クラスター」と、各自治体が日々認定して報道される「クラスター」、それに保健所等が追跡する「クラスター」は、それぞれちがうものを指している。いずれも感染者の集団を特定の範囲を区切って識別するためのものであるが、何をもって識別するのか、またどれくらいの規模であれば「クラスター」と呼ぶのかがなど、具体的な基準が入り乱れている。

「クラスター」の意味と用法を問い直して整理する機会は、何度もあった。2月末から3月初頭にこのことばが使われ始めた時期に、「なぜこのことばを使う必要があるのか」「疫学における学術用語とはどういう関係にあるのか」「ちがう事柄をおなじことばであらわしているのではないか」といった疑問を持った人も多かったであろう。3月15日の「全国クラスターマップ」をめぐるいざこざでは、まさにこの「クラスター」の定義が争点のひとつであった。河野大臣が3月下旬にカタカナ語の利用に苦言を際したときにも、7月末に突然それまでとちがう定義の「クラスター」情報が分科会等の会議資料に出てきたときにも、「いったいクラスターとは何なのか」という疑問を再確認する作業がおこなわれてしかるべきだった。これらの機会をすべて逃して、現在の混沌がある。