remcat: 研究資料集

(TANAKA Sigeto)

日本政府のいう「クラスター」は「複数感染事例」です

前回の記事 https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20210106/eat にこのようなコメントがついていた。

分類に家庭内が無いが、クラスターは概ね5人程度の発生を目安としているから、核家族化が進む現状では、家庭内での感染でクラスターになる例があまり多くないからか。
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はてなブックマーク (2021-01-06) sajiwo さんの https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20210106/eat へのコメント

https://b.hatena.ne.jp/entry/4696655456272242114/comment/sajiwo

いやそれちがうんだよ、と思ってつぎのようにコメントを返した。

>クラスターは概ね5人程度の発生を目安としている< これ違います。「2人」です。https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20210103/vs#julyhttps://www.tokyo-np.co.jp/article/68052 参照
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はてなブックマーク (2021-01-06) remcat の https://b.hatena.ne.jp/entry/4696655456272242114/comment/sajiwo へのコメント

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/b.hatena.ne.jp/entry/4696655456272242114/comment/sajiwo

よく考えてみると、これはほとんど知られていない話なので、ちゃんと解説しといたほうがいいかなと思ってこの記事を書くことにした。

発端

政府のいう「クラスター」が5人未満の規模のものをふくんでいることに私が気付いたのは、8月1日のこと。 新型コロナウイルス感染症対策分科会の第4回会議 (7月31日) 資料 について、つぎのようにツイートしていた。

・おそらく「クラスター」の定義を変え、より小規模なものを含めてる (接待以外のクラスター平均規模が4)
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Twitter (2020-08-01) 00:09 @twremcat によるツイート

https://twitter.com/twremcat/status/1289216733509595138

というか、よく見たら「クラスター等」になってる。
#厚生労働省 による「クラスター」認定とは別に、#内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室 が情報集めてるということか。


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Twitter (2020-08-01) 00:41 @twremcat によるツイート

https://twitter.com/twremcat/status/1289224783381450755

とはいえ、私もこの時点では、これが一貫した政府の方針だという確信を持ってはいなかった。ようやく全貌が見えたような気がしたのは、12月から1月にかけてふたつの記事 「「クラスター」定義各種」(2020-12-16) と 「クラスター vs. クラスター」(2021-01-03) を書いたあたりである。

現在の政府が採用する「クラスター」定義

上記のように、政府が5人未満の規模の感染者の集団を指して「クラスター等」といっているのはあきらか (なにしろ平均人数が4人だったりする) であるが、そのような定義が政府から公式に発表された記録はみつからない。マスメディアでは、11月になってつぎのような報道がある。

「1カ所で5人以上の感染」をクラスターと呼ぶことが多いが、クラスターの公式な定義はない。厚労省は報道を基に、「複数の感染」をまとめており、2~4人のケースも含む。
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東京新聞 (2020-11-12)「クラスター、全国2000カ所以上で発生」 TOKYO Web 21時15分
〔強調は引用時に付加したもの〕

https://www.tokyo-np.co.jp/article/68052

厚生労働省は、毎週、報道などをもとに自治体がクラスターと認定した事例や、2人以上が感染した事例 をまとめています。
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NHK (2020-11-16)「全国でクラスターなど 9日までの1週間で130件に 前週比26%増」NHK NEWS WEB 13時32分
〔強調は引用時に付加したもの〕

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201116/k10012714481000.html

以上のような情報を総合すると、おそらくこういうことである:

  • 内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室では、遅くとも7月末以降、4人以下の規模の集団感染 (たぶん2人以上規模) をふくめて「クラスター等」と呼んで集計している
  • 厚生労働省では、遅くとも11月上旬以降、2人以上規模の集団感染を「クラスター」と呼んで集計している
  • これらの集計の主たる情報源は報道である

今日では、政府から出てくる「クラスター」の情報は、こうやって集計されていると考えてよい。つまり、「2人以上の集団感染」というのが、いちおうの定義である。そうすると、 国立感染症研究所FETP等による10月の報告 が定義する「集団感染」とおなじ基準ということになる。

なぜ「家族クラスター」は集計されないのか

したがって、家族のクラスターが集計されていないのは、人数がその規模に達しないせいではない。2人程度の感染は、家庭内では頻繁に起こっているはずだから。人数の問題とは別に、家庭内での感染はクラスターにふくめないという制限があり、それによって明示的に除外されているということになる。

「クラスター」という用語がCOVID-19対応で使われはじめた当初には、このような制限はなかった。実際、3月15日に厚生労働省が「全国クラスターマップ」をつくったときには、家族への感染をふくめていた。https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20210103/vs#mhlw で引用した、FRIDAYの記事をもう一度引用しよう。

厚生労働省のクラスター対策班は、キャバクラを訪れた山口県の男性の 家族2人 や、愛知県の男性の同僚が感染していることから、二次感染も含めて「大分県を5人以上のクラスターと定義した」と説明した
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講談社「厚労省作成「コロナクラスターマップ」こんなにお粗末」FRIDAY DIGITAL 2020年03月19日
〔強調は引用時に付加したもの〕

https://friday.kodansha.co.jp/article/102648

厚生労働省は、このあと、大分県からの抗議を受けて3月17日に定義を変更してマップを描きなおした。これが事実上、政府が採用する「クラスター」の定義となっていく。

同一の場において、5人以上の感染者の接触歴等が明らかとなっていることを目安として記載しています。家族等への二次感染等を載せていません。また、家族間の感染も載せていません。
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厚生労働省 (2020-03-17)「新型コロナウイルス感染症について」
〔強調は引用時に付加したもの〕

http://web.archive.org/web/20200317161115/https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00001.html

家族間の感染をクラスターにふくめない、という基準ができたのは、おそらくこのとき。抗議を受けてから2日で訂正したものだから、入念な検討をおこなう余裕があったとも思えない。実際のところ、なぜこのような定義変更をおこなったのか、従前の定義 (家族間感染もふくめ、5人以上がつながった感染連鎖を「クラスター」とする) では何がいけなかったのか、といったことはまったく説明されていないのである。

当時のニュースをチェックした私も大変おどろいたらしく、3月21日につぎのようなコメントをのこしている。

いつの間にそんな定義になったんだ >同じ場所で感染者が5人以上いる感染者の集団「クラスター」
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はてなブックマーク (2020-03-21) remcat の『西日本新聞』記事 https://www.nishinippon.co.jp/sp/item/n/593680/ へのコメント

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.nishinippon.co.jp/sp/item/n/593680/

まとめ

https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20210103/vs で書いたように、日本政府が「クラスター対策」を唱えるようになった最初には、「クラスター」とは「ひとりの感染者から多数の2次感染が出ること」という意味あいだった。しかし、現在では、政府やそれに関係する専門家が口にする「クラスター」は、「2人以上の集団感染」である。「多数の感染」という意味は完全に消失している。カタカナことばを使うのは止めて、「複数感染事例」とでも呼んだほうが、誤解がなくていいのではないかと思う。

一方で、各自治体が日々認定する「クラスター」は、いまでも、基本的に「5人以上の集団感染」を指す。新聞やTVのふだんの報道もこの認定に基づいていることが多い。人数が比較的大きいケースの集団感染に焦点をあわせた報道が目につくため、「クラスター」といえば、大規模なもの――あるいは病院や高齢者施設などで多くの人が犠牲になる深刻な事例――というイメージがどうしてもつきまとう。これに対して、日本政府が7月末以降「クラスター」として数を発表しているものは、大部分は2-4人程度の小規模な感染である。自治体なら「クラスター」と認定しないようなものを数えているのである。

これらの「クラスター」定義においては、家庭での感染はカウントされない。ただ、なぜそうしているのかはよくわからない。自治体の定義では5人以上いないと「クラスター」にはならないので、家庭での感染をカウントしてもそれで「クラスター」認定に至ることはほとんどない (ので、カウントしてもしなくても大勢に影響はない) というのは確かにそうかもしれない。だが政府の定義では2人感染すればそれで「クラスター」なのだから、この基準に該当する家庭内感染は多いはずである。しかしそのような集計が発表されたことはないので、あたかも「家庭内ではクラスターは起こらない」かのような誤解が蔓延することになった。

ちなみに保健所等が追跡する「クラスター」は、このような定義とはまったくちがい、拡大する感染連鎖のことを指している (厚生労働省「全国クラスターマップ」の当初の発想に近い)。どこで感染したかにかかわらず、同一の感染ネットワーク上にあれば「クラスター」である。この発想であれば、家庭内での感染も当然「クラスター」の一部として追跡される。