戦後日本における性別分業の動態

女性の職場進出と二重の障壁

(『家族社会学研究』(日本家族社会学会) 8: p. 151-161, 208. (July 1996) )

田中 重人
(大阪大学人間科学研究科社会学専攻)
(tsigeto(AT)nik.sal.tohoku.ac.jp)

[English summary]


キーワード: 性別分業, フルタイム女性労働者, 時系列データ

目次

1. 課題と視角
2. 性別分業の趨勢に関する3説
(1) 主婦化説
(2) 職場進出説
(3) 進出制限説
3. 無職, パートタイム, フルタイム比率の変化
(1) 無職率の変化
(2) パートタイム比率とフルタイム比率の変化
4. ライフステージ別就業行動の変化
(1) ライフステージ別分析の必要性
(2) 各ステージにおける性別分業の指標
(3) データ
(4) 各ステージにおける就業行動の変化
(5) 仮説との照合
5. 結論と展望
文献
英文要旨

1. 課題と視角

 性別分業の趨勢を知るための題材として、職業領域(職場)への女性の進出状況をとりあげる。 近代社会の分業原理は、職業活動を男性の領分だとみなしてきた。 女性の職場進出を妨げる障壁が、男性の家事参加を妨げる障壁と並んで、性別分業構造を維持してきたのだ。 本稿の課題は、女性の職場進出に対するこの障壁がどう変容してきたのかを測定することである (1)

 ただしこのような近代型の分業原理が日本社会全体を覆い尽くしているわけではないので、研究対象を限定する必要がある。 具体的にいうと、家族ぐるみで働く自営業家族は対象外とする。 この種の家族は近代型性別分業原理の埒外にあり、 「男も女も仕事」を原則としている(2)からだ。 このような家族を、本稿では「家内企業部門」と呼ぶ。 それ以外の家族は、(職業労働が家族内でおこなわれずに労働市場で取り引きされているという意味で)「市場労働部門」と呼ぼう。 「男は仕事、女は家庭」の近代型分業原理が成り立つのはこの部門の中だけである。 家内企業部門と市場労働部門とは別々の分業原理の下にあるわけだが、私たちの問題意識にあてはまるのは後者だけなのだ。 ――こうして対象をしぼりこむことが、性別分業の動態をとらえるのに有効な分析視角を提供すると考える。


(1) 障壁の構成要素には、 個人の持つ性役割意識から労働市場における雇用機会の格差まで、さまざまなものがある。 だが本稿では個々の要素を区別して測定することはせず、 これら諸要素が総計としてどう変化してきたかということだけをあつかう。 総計としての趨勢を正確に測定しておくことによって、 個々の要素に注目した議論に共通の基盤を提供できると考える。

(2) このような家族でも、別のかたちの性別分業が存在するはずだが、 そちらは本稿では問題にしない。


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2. 性別分業の趨勢に関する3説

 これまでの研究では、性別分業が強まってきたと主張する「主婦化説」と、逆に性別分業が弱まってきたと主張する「職場進出説」という、互いに対立するふたつの説が並立している。 職場進出説のなかにはさらに、性別分業の弱体化が一部の側面だけに限られていることを強調する変種がある。 議論の便宜のため、これを別扱いにして「進出制限説」と呼ぶ。

(1) 主婦化説

 主婦化説は、近代型性別分業の貫徹した家族(近代家族)は戦後になって普及した、という認識から派生した。 近代家族の普及の一因は、産業構造の変動が家内企業部門を縮小させたことだが(そしてこの変動は本稿の対象外だが)、それだけでなく、市場労働部門の中で性別分業の強化が起こったと考えるのが主婦化説の要点だ。

 西洋伝来の近代家族を戦後最初に受容したのは、高学歴のホワイトカラー層だった。 彼らは、一家を支える収入を稼ぐ夫と家事に専念する妻が営む家族生活に、「中流」のあかしとして高い価値を与えた。 そのあと高度成長期になって労働者の賃金が上がったため、また専業主婦を高く位置づける価値観が広まったため、この形態の家族が庶民層まで拡大した [山田、1994: 165, 191f.]。 ――主婦化説はこのように、市場労働部門内での価値観と経済条件の変動が、 近代型性別分業を世の中に浸透させたと論じる。

(2) 職場進出説

 職場進出説は、戦後日本の社会変動が性別分業を弱め、女性を職業領域に進出させてきたと主張する。 女性労働力に対する需要が拡大したこと、家事の合理化・外部化が進んだこと、生活の水準が上がってお金がたくさん要るようになったことなどが、専業主婦を労働市場に引っ張り出した。 また女性の勤続意欲が強くなったために結婚・出産退職が減り、仕事を長くつづける女性が増えた [高橋編、1983: 16-28, 66-70]。 ――3説のなかで、いちばん人口に膾炙した議論といえる。

(3) 進出制限説

 進出制限説は、「職場進出」の実態は短期キャリア型労働者とパートタイマーの増加にすぎない、とみる。 未婚女性にはフルタイム雇用者が多いけれども、ほとんどは結婚・出産・育児期に退職する。 他方、育児期以降の中年女性は、短時間労働の雇用形態(パートタイム)を選ぶ。 家事を優先するこれらの働きかたは、性別分業原理にそれほど強くは抵触しない。 戦後日本の社会変動が増加させたのはこの種の家事優先型女性労働者だけであり、近代型性別分業を本格的に揺るがすような長期キャリア型フルタイム労働者は全然増えていない、ととらえるのである [上野、1990: 264]
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3. 無職, パートタイム, フルタイム比率の変化

(1) 無職率の変化

 仕事を持たない女性は、高度経済成長期以降、石油ショック期まで一貫して増えつづけた。 表1 (3) に掲げたとおり、無職者の比率(u)は1955年から75年の間に46%から55%に上がっている。 主婦化説がよりどころとしてきたのは、この無職率の上昇である。 これに対して職場進出説・進出制限説の論者は、これは家内企業部門の縮小(すなわち自営業主や家族従業者の減少)が引き起こした見かけ上の「主婦化」にすぎない、その影響を取り除いてみれば無職の女性はずっと減りつづけてきた、と反論する(4)

 この対立点は、今日まで検証されていない(5)。 無職率のかわりに雇用就業率を使おうとした試みはあるが、検証の役には立たない。 雇用就業率は、自営業主・家族従業者比率の影響を受ける点では、無職率と似たり寄ったりの指標だからだ。 次のように書きあらわせば、このことは一目瞭然である(N は労働可能人口, Z は自営業主・家族従業者の数)。

無職率 = 無職者数/N = 1 -(雇用者数+Z)/N .

雇用就業率 = 雇用者数/N = 1 -(無職者数+Z)/N .   (1)

 家内企業部門の増減の影響を完全に断つには、計算の対象を市場労働部門だけに限定しないといけない。 ここで統計資料上の「農林業従事者」「自営業主」「家族従業者」が家内企業部門に一致すると仮定 (6)し、これらをまとめて「自営業者」または単に「自営」と呼ぼう。 これらを取り除いた残りである「無職」「非農林雇用者」の合計が市場労働部門だと考えると、 市場労働部門内での無職者比率 u* が計算できる。

u* = 無職者数/(無職者数+非農林雇用者数)= 無職者数/(N-自営数)= 1 - 非農林雇用者数/(N-自営数).   (2)

 こうして修正した無職率を求めたのが、表1右側の u/(u+p+f)だ(7)。 この数値によると、市場労働部門内での無職者比率は、1950年までの0.8をこえる水準から、94年の0.58までじわじわ下がりつづけている。 1970年代前半の数値の上昇(8) だけが例外だが、この短期的変動を別にすれば、市場労働部門の内部で職場進出が進んだのは明らかだ。 ――以上のデータは主婦化説を否定する。


(3) 表1は 総理府統計局[1957: 9, 31, 43, 45] [1971: 54f., 115], 労働省婦人局[1995: 付5, 付10f., 付75] による。 未婚者や高齢者を含む労働可能人口全体についての数値である。 なお、以下の6点に注意。

(4) 落合[1994: 18-24] の「主婦化」論 (本稿の分類では職場進出説にあたる)など。

(5) 検証を意図した研究がないわけではない。 たとえば 八代[1983: 23] は、1963-75年の間、 世帯主が雇用者である勤労者世帯の女性の労働力率(1−無職率)は横ばいだったことを示している (「労働力調査」による)。 だがそれ以前のデータがないために長期的傾向がわからないので、決着はつかない。

(6) この仮定はかなり乱暴である。 自営業者が家族ぐるみで働いているとは限らない。 また「労働力調査」が内職者を「自営業主」に分類しているのも問題だ。 だがほかにうまい方法がないので、大雑把な近似としてこの仮定を使う。

(7) 無回答・分類不能・休業者が存在しなければ、 表1の u/(u+p+f)は、 式(2) で定義した u* と等しくなる。 現実はそうはいかないので食い違いが出ているが、無視できる範囲におさまっている。

(8) 1975年の数値0.678は70年(0.658)よりも高く、65年(0.688)と同水準だ。 この短期的変動はたぶん、1973年の石油ショックの影響である (雇用者数の男女比という指標による 大沢[1993: 133] の議論を参照)。 注(5)で言及した勤労者世帯の女性労働力率の変動も、 おなじ現象をとらえたものだと思う。


(2) パートタイム比率とフルタイム比率の変化

 職場進出説と進出制限説との対立点である、パートタイムとフルタイムの比率についてはどうか。 表1にはパートタイム(短時間雇用者:p)とフルタイム(長時間雇用者:f)の比率も載せてある。 市場労働部門だけについて計算しなおした値で検討しよう。

 短時間雇用者比率 p/(u+p+f)がふくらみはじめたのは1960年代だ。 それまで0.03を切っていたのが1970年には0.042になり、あとはどんどん上がって90年には0.1をこえた。 これに対して長時間雇用者比率 f/(u+p+f)は、だいたい0.26と0.3の間で上下動をかさねており、上昇の趨勢にはない。 1960年以前については上向きの変化を読みとるのも可能(9) だが、そのあとは横ばいである。 ――したがって、すくなくとも1960年代以降に関するかぎり、軍配は進出制限説にあがる。


(9) 1955年の長時間雇用者比率は0.205と低い。 またそれ以前の非農林雇用者合計の比率がさらに低い(0.2未満); この数値には短時間雇用者と休業者が混じっているから、長時間雇用者の比率はもっと小さいはずだ。

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4. ライフステージ別就業行動の変化

(1) ライフステージ別分析の必要性

 女性の就業状況はライフステージによって大きく違う。 前章では労働可能人口全部をまとめて扱ったが、事態をもっと精確につかむには、 ライフステージ別の分析が必要だ。

 ライフステージ別分析の必要性を裏付ける状況証拠として、 篠塚 [1982: 46-48] の業績をあげることができる。 これは1955年と75年の「国勢調査」から、 農村部をのぞいた都市地域だけ(10) の年齢別の就業率(=1−無職率)を算出したものだ。 それによると都市部女性の無職率は、30代前半では上昇し、40代では低下している。 篠塚はこれを、育児期の主婦化と育児終了後の職場進出とが同時に進んだものと解釈した。 このように変動の方向がライフステージによって全然違っているとすると、さまざまなステージに属する女性を十把ひとからげにあつかう分析法では、事態の表層だけしか見えないおそれがある。

 ただし篠塚のこの結論、信頼性があまり高くない。 とりわけ問題なのは、ライフステージを年齢階級で代用している点だ [田中、1994]。 年齢とライフステージとの対応関係が時代の影響を受けて変動し、分析に狂いをもたらしている。 ――本章では、ライフステージを正しく把握するため、 個人対象の面接調査で得た生活経歴データ(→4.(3))を使うことにしよう。 このデータには、ステージ移行にともなう各個人の職業移動がわかるという強みもある。


(10) これが市場労働部門だけをのこすための簡易操作であることはいうまでもない。

(2) 各ステージにおける性別分業の指標

(a) 育児期のフルタイム継続率

 学校を卒業したあと結婚までは、フルタイムの職業に就く女性が多い(11)。 しかし大半が結婚・出産とともに仕事をやめてしまうので、育児期にフルタイムの職業に残る女性は少ない。 女性を家事・育児に割り当て、職業から遠ざける性別分業原理の作用が、このステージではとりわけ強力なのだ。 このためこのステージは、 フルタイムの長期キャリアを積んでいく女性とそうでない女性とをわける分水嶺となっている。

 育児期にフルタイムの職業に残る女性がどれだけいるかを、 性別分業の強さをあらわす第1の指標として測定したい。 ある特定の出生コーホートに注目し、そのコーホートで未婚期にフルタイムの職業に就いていた女性を Nf人とする。 彼女たちに子供ができた時点で、フルタイムの職業に残っている人数を f, パートタイムに移っている人数を p, 無職になっている人数を u, 自営に移動している人数を s とする。 議論を単純にするため、全員が子供を持つものと考えて、Nf=f+p+u+s とする(12)

 一見したところ上記の指標は、 未婚期にフルタイムだった女性のうちで育児期にフルタイムに残る者の比率 f/Nf であたえられそうだ。 だがこの数値は、家内企業部門の規模の影響を受けるところが難点である。 家内企業部門が大きいと、自営への移動者 s が多くなり、 それに圧迫されて f,p,u が(したがって f/Nf が)小さくなる。 だから家内企業部門の規模の影響を取り除く工夫が要る。

 それには、家内企業部門へ移動した人を計算から除外すればいい。 前章とおなじく、家内企業部門と自営層とが一致すると仮定すると、 求めるべき「フルタイム継続率」の指標は次の If である。

If = f/(f+p+u) = f/(Nf-s) .   (3)

 フルタイム継続率 If と2.であげた3説との関係を、 表2の2列目に整理した。 一見してわかるとおり、If の時代的変化に関して、主婦化説と職場進出説とは正反対のことをいっている。 主婦化説がもし正しければ、 若いコーホートほど結婚して専業主婦になる率が高く(したがって If が低く)なるはずだけれども、 職場進出説が正しければ、結婚・出産後もフルタイムの仕事をつづける女性が増える(If が上昇する)はずだ。 これらに対して進出制限説は、フルタイムの継続就業には何の変化もなかったという立場をとるので、 両者の中間(If が一定)に位置している。


(11) 未婚女性の職場進出も性別分業研究の対象になりえるが、 本稿ではとりあげない。 未婚期の職場進出傾向は表6から確認したが、 それは先行研究が一致して認める「常識」なので、あらためて論じる価値を感じなかった。 質的なレベルに踏み込んだ分析、たとえば職種や転職率の分析は興味あるテーマだが、別稿にゆずる。

(12) 実際の分析(4.(4)(a))では、 子供を持ったことのない標本は除外する。


(b) 育児終了後の職場進出

 育児期がすぎると、いったん退職していた女性や就業経験のない女性が(再)就職する。 この(再)就職の傾向も、性別分業の強さを測る重要な指標だ。 前項と同様に、育児期に無職だった女性 Nu人を、 育児終了後の職業によってそれぞれ f,p,u,s 人の4カテゴリーにわける。 やはり Nu=f+p+u+s とする。

 育児期以降の女性の就業行動から性別分業の強さを測る指標は、次の3つだ。

IIf=f/(Nu-s) . IIp=p/(Nu-s) . IIu=u/(Nu-s) .   (4)
3指標 IIf,IIp,IIu をそれぞれ「フルタイム参入率」「パートタイム参入率」「主婦専業率」と呼ぶ。 いずれも式(3) の If と同様、家内企業部門の規模の影響を取り除いてある。

 これらの指標と2.であげた3説との関係を整理したのが 表2の右3列である。 フルタイム参入率 IIf に関しては、3説が互いに違う予測をする。 これは前項の、育児期フルタイム継続率(If)の場合とおなじだ。 主婦専業率 IIu に関しては、職場進出説と進出制限説が一致してその低下を予測するが、 これに対して主婦化説は、若いコーホートほど専業主婦にとどまる比率が高いとみる。 のこるパートタイム参入率 IIp については、3説の間にちがいがない。 中年女性のパートタイム参入が増加したことは、主婦化説を唱える 山田[1994: 211f.] も認めるところであるから、3説の間に争いを設定する必要はないだろう。

(3) データ

 分析には、1985年「社会階層と社会移動全国調査」女性票(表3; 詳細は岡本+直井編 [1990] 参照)を使う。 回答者の各ライフステージでの就業状況を、職業経歴・初婚年齢・末子誕生年齢からつきとめる。

 職業は、表4右側の7カテゴリー (「農林的職業」[原編、1993] は「農業」、ほかは従業上の地位で6区分)にわける。 これらは適宜4つの上位カテゴリー(フルタイム, パートタイム, 無職, 自営)にまとめる。

 コーホートは、調査時の年齢によって、20代〜60代の5つにわける (表5)。 それぞれ出生西暦年の真ん中の値をとって、1920コーホート, 1930コーホート,...のように呼ぶ (13)。 なお調査時に学生だった者(全員20代、結婚・出産経験なし)が16人いるが、これらの標本は分析からのぞいた。


(13) 注意しておきたいのは、 1960コーホートで出産経験のある有効標本が38%しかないことだ。 つまりこのコーホートの育児期のデータは、若くして結婚・出産した女性に偏っている。 しかも出産年が1983, 84の2年間に集中しているから、時代の影響が他コーホートより鮮明かもしれない。 ――1940 コーホートの育児終了経験についても同様のことがいえるが、 1960コーホートの場合ほどひどくはない。

(4) 各ステージにおける就業行動の変化

(a) 育児期のフルタイム継続率

 育児期のフルタイム率は若い世代ほど高い(表7)。 1940コーホートまでは10%程度だが、そのあと20%以上に上昇する。 この数値の動きを、かつて育児期のフルタイム継続を妨げていた障壁が近年では低くなったのだ、 と解釈していいだろうか?  残念ながら、話はそれほど簡単ではない。

 第1に、家内企業部門の規模、すなわち自営比率が縮小している。 「自営」の合計割合を計算してみると、1920コーホートでは35.3%だったものが、 1960コーホートでは8.1%にまで下がっている。 ちかごろのフルタイム比率の高さは、家内企業部門への流出が止まったせいかもしれない。

 第2に、未婚期のフルタイム比率も同時に増えている(表6)。 1960コーホートの未婚期フルタイム比率は、1920コーホートの2倍以上だ。 育児期のフルタイム継続率が上がったわけではなくて、 未婚女性のフルタイム雇用への進出が反映しているだけ、というおそれがある。

 これらの疑問点を検討するため、結婚前にフルタイムだった標本だけに限定して表を作りなおし、 式(3) にしたがってフルタイム継続率 If を算出した (表9)。 それによると If の値は、いちばん新しい1960コーホート以外は、およそ2割程度で一定している。 またコーホートと If との独立性を検定(14) したところ、 これらの間には有意な関連がなかった(表9下端)。 フルタイム継続率は一定の値を保ってきたのであり、育児期が継続就業を妨げる度合は弱まっていないのがわかる (15)


(14) 表9 左側のクロス表から「自営」列を取り除いた場合の「フルタイム」列の行比率、 というのが If の正体だから、ふつうのクロス表とおなじ χ2 統計量が使える。 表10における IIf,IIp,IIu も同様。

(15) 1920-1950の4つのコーホートに関しては、変化はないものとみなしてよい。 1960コーホートでは他コーホートより If が高いが、 有効標本の少なさとかたより(注13参照)を考え、解釈をさしひかえる。 1960コーホートの動向について確定的なことをいうには、 このコーホートの多くが結婚・出産を経験したあとであらためて調査をおこなう必要がある。


(b) 育児終了後の職場進出

 育児終了ステージまで到達した者は1960コーホート(調査当時20代)には皆無だった。 また1950コーホートは有効標本が少ない。 結局 1920, 1930, 1940 の3コーホートだけが、この項の分析対象になる(16)

 育児終了後の職業分布(表8)では、 フルタイム比率は2割前後(育児期の約2倍:表7)で安定している。 そしてこれとは対照的に、パートタイム比率が急増している。 「パートタイム」の合計割合は1940 コーホートでは26.8%。 これは1920コーホート(6%)の4倍以上の数字だ。 この増分のほとんどが「臨時」の増加であることも表8からわかる。 ――ただしこれらの数値にも、前項に書いたと同様に、 自営比率と育児期職業分布の変動が影響している可能性がある。

 育児期に無職だった標本だけについて、 育児終了後の職業分布を示したのが表10である。 右端には、自営を取り除いて計算したフルタイム, パートタイム, 無職それぞれの比率 IIf,IIp,IIu を示した。 これらの比率 IIf,IIp,IIu とコーホートとの間には、1%水準で有意な関連がある (表10下側のA)。 育児期に無職だった女性が育児終了後にどんな就業行動をとるかについては、コーホート間に変化がみられる。

 どんな変化が起こったかをくわしく調べると、主婦専業率 IIu が低下し、 かわってパートタイム参入率 IIp が大きく上昇しているのがわかる。 問題はフルタイム参入率 IIf の変動幅が小さいことだ。 フルタイム参入率には変化はなかったと考えるべきではないだろうか。

 そこで IIf だけについて、別に独立性の検定をおこなった(17)。 結果は表10下側[B]に示したとおりであり、 IIf とコーホートの間には有意な関連がない。 ――育児終了後の職場進出は確かに進んでいる。 だがそれはパートタイムについての話なのであり、フルタイムへの参入は進んでいないのだ。


(16) かなり年をとらないと、このステージにはたどり着かない。 いちばん古い1920コーホートでも、 このステージに入るのは1960年代だ(表5)。 したがって分析範囲は1960年代以降に限られる。

(17) 右側2列 IIp, IIu を統合して 3×2 表に書きなおし、 独立性の検定をおこなえばいい。


(5) 仮説との照合

 フルタイム継続率 If とフルタイム参入率 IIf は一定だった。 パートタイム参入率 IIp は増加した。 主婦専業率 IIu は減少した。 ――これらの結果を、先に整理した3つの仮説の予測値 (表2)と照合する。
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5. 結論と展望

 分析結果は、2.で提示した3説のうち、進出制限説を採るべきであることを示している。 「労働力調査」の時系列データによる雇用者比率の分析(3.)は、 女性の職場進出はパートタイム雇用については進んでいるが、 フルタイム雇用については進んでいないことを示した。 4.(4)(b)の育児終了後の女性の就業行動の分析からも同様に、 育児を終えてパートタイム雇用に参入する女性が急激に増えているものの、 フルタイムへの参入率は変化していないことがわかった。 そして育児期のフルタイム継続率の分析(4.(4)(a))は、 育児期の存在が女性を長期キャリア型フルタイム就業から遠ざける原因となっていること、 そしてこのステージの性別分業の強さが戦後一貫して維持されてきたことを明らかにした。

 職業領域から女性を排除する障壁は、二重の構造をなしている。 「男は仕事、女は家庭」という常套句があらわすのは職業そのものから女性を遠ざける第1の障壁だが、 さらにその内側には、フルタイムの長期的キャリアへの女性の参加を阻止する第2の障壁がある。 戦後日本の社会変動は、内側の第2障壁を維持しながら外側の第1障壁を崩壊させてきた。 この変動の結果、女性がパートタイムまたは短期キャリアのかたちで職業領域に参加するのは、 それほどむずかしいことではなくなった。 だがその一方で、フルタイムの長期キャリアに女性が入る道筋は、閉ざされたままなのだ。

 この中途半端な変動がどのようにして起こったかを解き明かす作業は、本稿ののこした最大の課題だ。 またそれは、日本社会の今後を予測するうえでも重要な課題である。 なぜなら第2の障壁が消滅して全面的な職場進出がはじまるか、それとも障壁がそのまま生きのこるかによって、 性別分業構造は全然違う方向に分岐する [上野、1990: 264f.] からだ。

 残念ながら現在のところ、二重の障壁の背後にひそむ社会的な仕組みを説明できる理論装置は存在しない。 これは従来の研究が、女性の職場進出を妨げる障壁を、 同一の要因に規定される一枚壁状のものとみなしてきたからだ。 主婦化説でも職場進出説でも、その理論の中には、 パートタイムの短期キャリアとフルタイムの長期キャリアとを区別する視点はない。 進出制限説はこれらの間のちがいを意識してはいるけれども、実態を記述する段階にとどまっており、 理論といえるようなものを持っていない。 この間隙を埋める作業のために、本稿が提起した、 就業形態とライフステージに注目して職業経歴の変化をたどっていくやりかたは、 有効な分析道具となるはずだ。


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付記 本研究は1995年SSM調査研究の一環としておこなったものである; データの使用と結果の発表にあたって、同研究会の許可を得た。 また本研究は1995年度文部省 科学研究費補助金(特別研究員奨励費)による研究成果の一部である。
(たなか しげと・大阪大学大学院人間科学研究科社会学専攻・ 日本学術振興会特別研究員)
この論文は、日本家族社会学会編『家族社会学研究』8: p. 151-161, 208. (July 1996) に 掲載されたものです。 ご意見・ご批判をいただければ幸いです。 なお、論文および図表の全部または一部を著者の許可なく転載・配布することを禁じます。

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田中 重人 (tsigeto(AT)nik.sal.tohoku.ac.jp)
Last Updated 2001-08-11.