[目次]

ダグラス体制と性別階層

実現可能な平等社会とは

現行政策の限界

今までのところ、日本の男女平等政策は、 仕事/家庭バランス政策とファミリー・フレンドリー政策を主軸に据えてきた。 「男性=所得核、女性=調整役」というダグラス体制(図{gstra}のX段階にあたる)は維持したままで、 その枠内で平等を実現しようとしてきたのだ。

前節で検討したように、平等を実現するには、現行の政策はあまりに非力である。 仕事/家庭バランス政策として掲げられている目標(年間労働時間一八〇〇時間と育児・介護の支援)では、 所得核と調整役の働きかたはおなじにはならない。 ファミリー・フレンドリー政策の代表といえる育児・介護休業制度によっても、 働きかたのちがいによる所得の格差がなくなるわけではなく、 制度でカバーできない格差はやはり残る。

仕事/家庭バランス政策とファミリー・フレンドリー政策によって男女平等を実現しようとするなら、 より強力な政策をとらないといけない。 仕事/家庭バランス政策に関しては、たとえば年間一〇〇〇時間以上の労働を禁止するとか、育児・介護は一〇〇%外部化して、家庭では一切おこなわないことにするとかいう対策が必要だろう。 ファミリー・フレンドリー政策に関しては、休業期間終了時にはかならずもとの職務に戻さないといけないことにする、 復帰後にじゅうぶんな教育訓練を受ける権利を保障する、それでも所得の損失が発生した場合には期間無限定で全額補償する、などがありえる。 これらの政策がじゅうぶん効果的にはたらけば、図{gstra}のY段階またはZ段階を完全にストップさせられるかもしれない。

いずれにしても、現行とは桁違いに強力な政策である。 実行するためのコストも高くつくだろう。 しかも、そうした強力な政策をとったところで、本当にY段階またはZ段階を完全にストップさせることができるかどうかは未知数である。 ずいぶんあとになってから、やはりそれではだめだったということが判明するかもしれない。

反ダグラス政策の可能性

そうである以上は、ほかの方向の政策についても検討しておくべきだ。 図{gstra}で残っているのは、X段階つまりダグラス体制そのものをターゲットとした政策である。 ダグラス体制のもとでは、男性が所得核に、女性が調整役になってきた。 この体制をあらためて、男性も女性もおなじ確率で所得核/調整役になるようにするという方向の政策もありえるのではないか。

表{douglas}は、調整役になる確率と所得核になる確率を男女別にあらわしたものである。 ダグラス体制の下では、女性はすべて調整役、男性はすべて所得核になるので、 左側の表のような確率分布である。 一方、ダグラス体制が消滅して、男女がおなじ確率Pで調整役になるようになれば、 右側の表のような確率分布となる。

表{douglas}右側の表におけるPは、原理上は0から1の範囲の値をとる。 だが、全員が所得核になって、家事ニーズの変化にともなう調整をだれもやらない、というのでは家庭の運営に支障をきたす。 だから、実際にはPは相当大きいはずだ。 つまり、調整役になる人は、人口のかなりの部分を占めつづけると考えなければならない。 この確率は男女で等しいのだから、男性の中にも、家事のニーズに応じて働きかたを調整する人がかなりの割合で出てくるということである。

これを統計的な基準に翻訳するなら、男性のフルタイム継続率の大幅引き下げ、ということになる。 図{crfe}で見たように、現在のところ、男性のフルタイム継続率はほとんど一〇〇%、 女性のフルタイム継続率はほぼ二〇%である。 家庭責任のためにフルタイムの仕事から撤退する男性が増えて、その分女性のフルタイム継続率があがる、 というかたちで平等化が進むとすると、男女ともに六〇%のフルタイム継続率になったところで平等になる。 もちろん、仕事/家庭バランス政策やファミリー・フレンドリー政策が功を奏せば、調整役のなかにもフルタイム継続する人が増えるから、もっと高い水準で均衡することもありえる。 しかしその場合でも、やはりかなりの数の男性がフルタイム就業から撤退することになるだろう。

問題は、男性のフルタイム継続率を引き下げる方法を探る実証的な研究がおこなわれてこなかったことである。 フルタイム労働からの男性の撤退、ということ自体は、とりたてて目新しい発想ではない。 これまでの男女平等の議論のなかで、その種のことはしばしば語られてきた()。 ところが、それを実際の政策に反映させるための組織だった研究がなかったのだ。 女性の就業継続をめぐる研究には毎年膨大な研究資源が投下されているのに対して、 男性の就業非継続の研究はほとんど存在しないという極端にアンバランスな状態にある。

私たちの社会は「男性=所得核、女性=調整役」というダグラス体制を前提としている。 社会学者も、その例にもれず、ダグラス体制を自明のものとして理論をたて、データを分析してきた。 このため、ダグラス体制そのものの研究はほとんどおこなわれず、 社会学研究の空白地帯となっている。

これから必要なのは、この空白を埋めるための研究である。 ダグラス体制は何によって支えられているのか、 将来それが崩れていく可能性があるとすればそのあとになにができるのか。 こうした問に答えることのできる研究が必要である。

図{dauglas} ダグラス体制下の世帯内地位とダグラス体制後の世帯内地位


東北大学 / 文学部 / 日本語教育学 / 田中重人 / ダグラス体制と性別階層
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Created:2003-01-18. Updated:2003-10-24. Sorry to be Japanese only (encoded in accordance with MS-Kanji: "Shift JIS").