[目次]
ダグラス体制と性別階層
性別による不平等は、階層階層論の枠組でどのようにとらえられるだろうか。 冒頭で述べたように、本章で問題にするのは、家庭内での性別分業によって、男女間の所得に格差が生じることである。 性別による不平等を起こす仕組みには、性別分業以外にもさまざまなものがあるが、本章ではそれらの問題はあつかわない()。 本章でおこなうのは、性別による不平等を生み出す複雑な仕組みのなかのごく一部を単純化して取り出す試みなのである。
図{stula}は、男女の生活時間がライフステージによってどう変化するかを示したものである。 女性はライフステージによって柔軟に生活時間を変化させている。 小さい子供がいて家事のニーズが増える時期には、家事の時間を増え、仕事の時間が減る。 一方、男性はライフステージによる生活時間の変化が少ない。 小さい子供がいる時期には確かに家事時間が増えるとはいえ、その増分はわずかである。 しかも、その時期にも仕事の時間はまったく減らない。
図{stula} ライフステージによる生活時間の男女比較
2001年「社会生活基本調査」(総務省 2002) による。
男性の生活時間パターンは、一見不自然である。 ライフステージによって家事のニーズが大きく変わるのだから、 それに応じて働きかたを変化させて対応するのが自然だ。 家事のニーズが大きくなる時期には、それに対応して仕事時間が減少するはずである。 図{stula}では、女性は確かにそのように生活時間を変化させているといえる。 ところが、男性は、家事のニーズの大小にかかわらず、ほとんど一定の仕事時間を使っている。
この統計的事実は、人々の働きかたが世帯内での分業によって決まっていることを示している。 そしてその分業のありかたは、性別と密接にむすびついている。 労働経済学の議論をもとに整理しておこう。
小尾(一九七一)は、 世帯に複数の労働力がある場合にどのように働きかたの調整がおこなわれるかをモデル化している。 小尾のモデルによれば、各世帯には、 経済状況にかかわらず常に働いて一定の所得を得るという行動パターンの者がひとりだけ存在する。 その他の者は、経済状況に応じて働きかたを調整する。 本章では、前者を「所得核」、後者を「調整役」と呼ぶことにしよう*。 所得核は、状況の如何にかかわらず、(通常)フルタイムで働き、世帯に一定の収入をもたらす。 一方、調整役は、経済状況の変化(景気の動向や世帯内での家事の需要など)を考慮して、 働くか働かないか、働くとしたらどれだけ働いてどれだけ稼ぐかを臨機応変に決める。
* 小尾(一九七一)はこれらを単に「核」「非核」と呼んでいる。 だが家族論の文脈で「核」と聞くと、「夫婦と未婚の子のセット」(新社会学辞典)を連想してしまう。 また、「非核」という表現だと、単に「核ではない」ということがわかるだけであって、 彼らがどのような役割を果たしているかが明確でない。 そこで、本章では、小尾のモデルにおける世帯内分業の性格をはっきりさせるために、 「所得核」「調整役」という表現を使うことにした。
つぎの問題は、世帯のなかで誰が所得核になり、誰が調整役になるかである。 ほとんどの世帯においては、男性が所得核になり、女性は調整役になっている(小尾、一九七一)。 私たちの社会には、男性を所得核に割り当て、女性を調整役に割り当てる仕組みが存在するのだ。 この仕組みのことを「ダグラス体制」** と呼ぶことにしよう。
** 「ダグラス体制」という名称は、働きかたの硬直性が男女で大きくちがうことを発見した経済学者ポール・ダグラス(二〇〇二)の業績にちなむものである。 ダグラスの発見は……
男性と女性は、ダグラス体制のもとで、それぞれ「所得核」と「調整役」という地位を獲得する。 世帯内での地位のこのような分化が、性別による所得格差が生まれるプロセスの第一段階である。
性別によって所得格差がもたらされるプロセスの第二段階は、世帯内での分業ができあがったあとにあらわれる。 所得核になるか調整役になるかによって、仕事への参加の程度がちがってくるのである。
所得核は、経済状況にかかわらず、フルタイムで働きつづける。 これに対して、調整役の働きかたは、状況次第である。 図{stula}の女性のグラフにあらわれているように、家事のニーズが上昇したとき、 それにあわせて働きかたを変えるのはもっぱら調整役の役目である***。
*** ただし、所得核にも、余暇と家事との間での時間配分を変更する余地はある。 このため、仕事時間がなんらかの原因で増減したとき、その増減分を余暇に回すこともできるし、 家事に回すこともできる。 この点では、所得核の行動様式は国によって異なっている。 松田・鈴木(二〇〇二)や津谷(二〇〇二、一八二−一八七)の研究によれば、 日本の男性は仕事時間の増減はほとんど余暇の増減にまわしていて 家事時間をほとんど変化させないのに対して、 アメリカの男性は仕事時間の増減に応じて家事時間を増減させていることがうかがえる。 ただ、所得核が家事のために時間を調整するのは、余暇との間に限られるのであり、仕事を調整することはしない。 これが調整役との決定的なちがいである。 アメリカでもこの状況には違いはないであろう。
このため、調整役の働きかたは経済状況に依存する。 経済状況が許せば、所得核とおなじように、フルタイムで継続して働くだろう。 だがそうでない場合は、仕事への参加度を下げ、パートタイムで働いたり、退職したりすることになる。 先にみた図{crfe}があらわしていたのは、まさにそのような事態である。 男性はダグラス体制のもとで所得核としての地位を割り当てられており、 どのような状況におかれてもフルタイムの仕事をつづける。 女性は調整役としての地位を割り当てられているので、 フルタイムの仕事をつづけるかどうかは状況次第ということになる。 現状では、子供ができて家事のニーズが上昇した時期にフルタイムの仕事をつづけるのは二割程度にすぎない。
性別によって所得格差がもたらされるプロセスの第三段階は、仕事への参加度の差に応じて、 所得に差が生まれることである。 一般に、フルタイムで働きつづけるほうが、途中で退職したりパートタイムになるよりも有利であり、高い所得を稼ぐことができる。 このような格差を産み出す原因は、つぎの三つに大別できる。
第一は、労働時間による格差である。 労働時間は、フルタイムよりもパートタイムのほうが短い。 退職して働かなければ、労働時間はゼロである。 時間あたり賃金率がおなじだとすれば、労働時間の長いほうがたくさんの所得をえられる。 第二は、フルタイムとパートタイムの待遇の格差である。 現実には、フルタイムとパートタイムの賃金率はおなじではなく、 フルタイムのほうがパートタイムよりもずっと賃金率が高い(中田)。 このため、単なる労働時間の長短以上の格差がつくことになる。 第三は、キャリアが中断することによる格差である。 退職したり転職したりすると、同一の企業で勤続を重ねて経験を積み、 知識や熟練を身につけて昇進していくという キャリア・ルートからはずれることになる。 このため、中断せずにキャリア・ルートを歩みつづける人と、そうでない人とのとの間に格差が生じる以上のようなプロセスで形成される男女格差の見取り図を、図{gstra}に示す。 性別によって世帯内の地位が決まり、それによって仕事への参加度が決まり、結果として所得の大小が決まる。 三段階のプロセスである。 図{gstra}では、それぞれの段階をX・Y・Zの記号で示してある。
図{gstra} 性別分業による3段階の格差形成プロセス[属性] [地位1] [地位2] [資源] 性別 世帯内の地位 仕事への参加度 所得 ―――――――――――――――――――――――――――― 男性 → 所得核 → 大 → 大 女性 → 調整役 → 小 → 小 ―――――――――――――――――――――――――――― 段階 X Y Z ↑ ↑ ↑ 政策 ? 仕事/家庭バランス政策 ファミリーフレンドリー政策