[English summary] [この論文の要旨]

男女共同参画社会の実現可能性

生活時間データに基づく政策評価
田中 重人 (tsigeto(AT)nik.sal.tohoku.ac.jp)
季刊家計経済研究』60号: 48-56頁 (2003年)。
ISSN 0914-4609

要旨

男女共同参画社会構想がかかげる市場労働時間の短縮と育児支援という政策目標が男女平等をもたらすかどうかを検討する。 まず『男女共同参画ビジョン』(1996年) の文章を検討し、男性は常にフルタイム労働者であることが暗黙に前提されていることを確認する。 この前提のもとでは、男性の労働時間が所定時間に制約される。 また家事水準も社会的標準で規定されているため、人々の選択可能な生活時間配分が制約されることになる。 ついでNHK放送文化研究所「国民生活時間調査」(2000年) データをもとに、 平等化のシミュレーションをおこなう。 結果は、現行の政策目標では男女平等な時間配分は実現できないということである。 最後に政策目標について、 (1) 育児以外の家事の削減、 (2) 現行の目標を上回る市場労働削減、 (3) 市場・家事合計労働時間の水準維持、 (4) 男性の柔軟な働き方支援、 という4点の改善提案をおこなう。

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目次

1. 問題の所在 2. 数学的定式化 3. 平等社会の実現 4. 政策提言

参考文献


1. 問題の所在

(1) はじめに

 「男女共同参画社会」 1) が政府の政策目標としてはっきりすがたをあらわしたのは、1996年の男女共同参画審議会の答申『男女共同参画ビジョン』(以下『ビジョン』と略) 以来のことである。この答申は、「男女共同参画社会」構想の核となる思想を打ち出したものであった。ここで提示された思想は、以降に編まれた同構想関連の文書(男女共同参画推進本部 1996; 男女共同参画審議会 2000; 内閣府 2001)に受け継がれている。ただしそれらは具体的な政策課題をリストアップすることに重点をおいていて、政策課題の背景となる思想にはあまり言及していない。「男女共同参画社会」構想の基本思想を知るには、最初に編まれた『ビジョン』がいちばん適した文書といえる(大沢 2002)。

 『ビジョン』は男女共同参画社会の形成に不可欠な条件として「性別による偏りのない社会システムの構築」(p. 10) をあげ、そのための政策課題のひとつとして「男女が共に有償労働と無償労働をバランスよく担える社会制度の構築」(p. 11) をあげた。このような制度を構築するための具体策として、『ビジョン』は (1) 育児・介護支援制度の充実、(2) 市場労働時間の短縮、というふたつの政策目標を設定している。

 本稿が問題とするのは、これらの政策目標で男女共同参画社会が形成できるのか、ということである。

(2) ふたつの政策目標

 『ビジョン』がかかげるふたつの政策目標についてくわしくみておこう。これらの政策目標は、『ビジョン』第2部の2の (3)「男女の職業生活と家庭・地域生活の両立支援」にまとめられている。

 まず育児・介護についてはつぎのようになっている。

(1) 育児については、社会全体が支援すべきものである……低年齢児保育、延長保育、緊急・一時保育、放課後の児童への施策等、多様なニーズに対応した多様な主体による保育サービスの充実とその質の向上……を着実に推進する必要がある。……

(2) 介護については……社会全体が分かち合っていく必要がある……サービス基盤の大幅な拡充……マンパワーの養成・確保、福祉用具・住宅等の開発・普及等……を着実に推進すべきである。(男女共同参画審議会 1996: 18)

市場労働時間については、以前からの政策目標を引き継ぐかたちで、統計的な達成水準までが明確に指定されている。

(5) ……構造改革のための経済社会計画の目標である年間総労働時間1800時間の達成・定着に向けて、年次有給休暇の取得促進、完全週休2日制の普及促進、所定外労働の削減に一層努める(男女共同参画審議会 1996: 18)

これらの目標を「おおむね2010年までを念頭に置いて」(男女共同参画審議会 1996: 2)実現するために努力する、とのことである。『ビジョン』以降の諸文書(男女共同参画推進本部 1996; 男女共同参画審議会 2000; 内閣府 2001)もこれらの政策目標を受け継いでいて、(1) 家事労働のうちで育児と介護だけを特に支援策をとるべき対象と位置づける、(2) 市場労働に関して年間1800時間労働という数値目標を設定する、という2点において一貫した姿勢を示している。

(3) 男女共同参画社会構想の問題点

 これらの政策目標が達成されれば、どうして「性別による偏りのない社会」が実現するのだろうか? 実はここのところがよくわからない。

 たとえば、市場労働時間短縮という目標の達成度を統計的に評価する際には、「毎月勤労統計調査」の常用労働者の労働時間がよく使われる(総理府 2000: 81)。この数値はパートタイム労働者が増えれば下がり、フルタイム労働者が増えれば上がる (労働省 1991: 10-2)。ということは、フルタイム職への女性の進出は男女共同参画社会の形成をさまたげることになるのだろうか?

 また『ビジョン』は育児・介護を親や家族ではなく社会で負担することを重視しているが、性別による労働配分のかたよりをなくすためには、このことは必須ではない。要は男女が同程度の無償労働をおこなえばいいわけである。

 図表−1(a) は、2000年のNHK「国民生活時間調査」報告書から、平日の市場労働と家事労働の男女それぞれの全員平均時間を抜き出したものだ2)。現状では男性と女性の労働配分は大きくかたよっていることがわかる。この現状を変革して、男女のかたよりのない状態にするにはどうしたらいいだろうか? ――私なら、図表−1(b) のような状態をまず考える。図表−1(a) も (b) も、男女を総計した市場・家事労働それぞれの量はおなじである。ただし (a) は男性が労働時間のほとんどを市場労働に費やしていて、家事労働はほとんどが女性がおこなっている、いわゆる「新・性別役割分業」(樋口恵子 1985: 27)の配分なのに対して、(b) は市場・家事労働それぞれを男女で均等に分担しあう配分になっている。

 図表−1からあきらかなように、現在とおなじ家事労働・市場労働の水準を維持したままでも性別によるかたよりを是正することはできるはずだ。ところが『ビジョン』の考えかたはそれとはちがうようである。


2. 数学的定式化

(1) 「平等」の定義

 議論を厳密にすすめるために数学の力を借りることにしよう。男女の家事/ 市場労働それぞれの量を図表−2のような記号であらわす。

 男女の平等が実現し、性別分業がなくなった社会の状態は、つぎのようなものと考えることができる (岡村 1996: 93-4)。

 まず、市場労働・家事労働をあわせた総労働時間が男女で等しくないといけない。つまり女性と男性のどちらかが過重に働くことなく、おなじ程度の負担であることが必要である。図表−2 の記法では、これは F = M = T/2 ということである。

 つぎに、この総労働時間中で市場労働と家事労働の配分が男女同等でないといけない ( x/a = b/y )。上の条件 F=M=T/2 のもとでの男女同等の労働の配分は次式であらわせる:

a = y = U/2,  x = b = P/2 . (1)

 式 (1) が成り立つとき、そのときにかぎり、その社会は男女平等であるといえる。

(2) 男女共同参画社会構想の暗黙の仮定

 すでにみたように、『ビジョン』は、市場労働時間を削減することが男女の平等化のために重要だと主張していた。だが図表−1でみたように、男性の市場労働が長い一方で女性の市場労働が短いことによって不均衡が生じているのだから、一律に市場労働時間を削減すればいいというものではない。たしかに男性の市場労働は減らす必要があるだろうが、そのかわりに女性の市場労働への進出をすすめないと、平等にはならない。このことから考えて、『ビジョン』の主張する労働時間削減案は、実は全労働者を対象としたものではなく、男性だけを対象としたものであることはまちがいない。

 『ビジョン』の立案者たちは、男性に限定した市場労働削減ではなく、全員の市場労働を削減すべきであるかのような主張をなぜ出してしまったのだろうか? それはたぶん、労働市場の構造や人々の行動に関して特定のモデルを仮定して、その枠内で思考していたからである。以下、『ビジョン』立案者たちが依拠したモデルがどのようなものだったかを探っていこう3)

 まずつぎの仮定から出発する。

仮定1.
労働市場で提供される雇用機会には「フルタイム」「パートタイム」の2種類がある
仮定2.
フルタイム雇用機会には所定時間の規定があり、労働者はその時間にはかならず勤務しなければならない
仮定3.
パートタイム雇用機会には所定時間規定がなく、労働者が自由に労働時間を選択できる
「フルタイム」の雇用機会では、たとえば朝9時から夕方5時までが所定の労働時間となっていて、その時間は働かなければならない。一方、「パートタイム」の雇用機会では、労働時間を柔軟に選択することができる。ここで重要なのは、パートタイム雇用の場合は労働時間が制度的にきまっているのではなく、労働者個人の選択によって働く時間を決められる、ということだ。働く時間が制度的に制約されているのはフルタイム雇用の場合だけである。

 これらのことは、政策的に市場労働時間に介入できるのはフルタイム雇用についてだけだということを意味する。このため、労働時間削減が政策課題になる場合、対象はフルタイム雇用にかぎられる。

 上で述べたとおり、『ビジョン』は男性の市場労働時間をコントロールしようとしていた。そのためには、男性は政策的に介入可能な働きかたをしているという仮定が必要である。

仮定4.
男性は全員フルタイム労働者である

 この仮定によって、男性の市場労働時間は、フルタイムの所定労働時間を下回ることができないという制約のもとにあることになる。これに対して女性は、パートタイム雇用機会に移動したり労働市場から退出して無職になったりする道がひらかれているため、フルタイム雇用機会の所定労働時間には拘束されず、より短い労働時間を選択できる。この仮定をおくと、フルタイム所定時間は男性に対してだけ市場労働時間の下限として機能する。そしてもしフルタイム所定労働時間を短縮することができれば、男性の市場労働時間の選択幅が下方に向かってひろがることになる。

(3) フルタイム市場労働と家事労働の両立

 他方、家事の水準もやはり社会的に規定されている。たとえば衣服は清潔にしておくべきだとか、1日30品目以上の食品を摂るべきだとか、子供は健康に育てるべきだとかいったことである。これらの水準を満たすのに必要な財やサービスが市場や公的給付で入手できない場合は、家庭内の家事労働でまかなうしかない。このため、家事労働時間も個人が任意に決められるものではなく、社会的標準で規定された一定の下限をもっている。

 このことと、上でみたフルタイム市場労働の所定時間の制約とによって、人々の市場・家事労働に関する選択の可能領域が限定される。家事労働水準と男性市場労働時間との関係についてグラフを描くと、図表−3のようになる。図表−3の縦横の点線は、人々の選択を制限する下限をあらわす。男性は上記の仮定4によって全員フルタイム労働者なので、所定の労働時間よりも市場労働時間 b を短くできない。家事労働時間 U も、最低限の家事水準を維持しなければならないため、ある一定の限度以下には減らせない。そうすると、人々が選択できる範囲は点線の交点よりも右上の領域にかぎられる。

 一方、男女平等が実現した状態は、式 (1) より

b = P/2 = (T-U) / 2 = T/2 - U/2 (2)
である。図表−3の「平等配分」ラインがこれにあたる。

 この「平等配分」ラインが選択可能領域にふくまれていないと、男女平等な労働配分はできない。フルタイム市場労働の所定労働時間や社会的に規定された家事水準といった制度的障壁が高すぎると、人々は gender-equal な選択をすることができない。現在の日本社会では、フルタイム市場労働と家事労働それぞれの下限が非常に高い水準にあって、選択可能領域が U-b 平面の右上方に限定されており、平等配分のラインがこの選択可能領域から外れてしまっていると考えることができる。

 『ビジョン』の政策目標は、以上のようなモデルに基づいて設定されたのだろう。それは、フルタイム市場労働と家事労働それぞれの下限を縮小させることで、平等配分ラインが選択可能領域に入るところまで条件を緩和するという目標であった。制度的障壁を低くしてフルタイム市場労働と家事労働を両立可能にするということでもある。この方向でいくと男女共同参画社会とは、男性も女性もフルタイムで働き、家事を均等に負担する社会である。


3. 平等社会の実現

(1) 現状

 2000年のNHK「国民生活時間調査」によって30代男女の平日の労働時間配分を確認しておこう (図表−4)。30代に限定したのは、この年齢層で育児時間がいちばん長いので、『ビジョン』が唱える「育児の社会化」の効果がいちばん大きく出るだろうとの判断による。

 図表−4から家事・市場労働の時間に大きな男女差のあることがわかる。家事労働の時間は男女合計では361分。このうち女性がおこなっているのが337分なのに対して、男性はたった24分である。家事労働に費やしている時間は、女性のほうが男性よりもはるかに長い。一方男性の市場労働はというと、狭義の「仕事」の時間は563分、「仕事のつきあい」と「通勤」を加えると648分になる。女性の市場労働は、狭義の「仕事」時間が243分、「仕事のつきあい」と「通勤」を加えても283分だから、男性の半分以下である。

 市場・家事労働合計を図表−4(b) の値 ( T=1292分) に固定して男女平等状態を式 (2) から求めると

b = (1292-U) / 2 = 646 - U/2  (分) (3)
となる。家事労働時間 U の実際の値は361分だから、これを式 (3) に代入すると b=465.5分となる。実際には男性の市場労働時間はこれよりずっと長く、648分であった。

(2) 育児労働の削減

 『ビジョン』のかかげる育児労働削減という目標からまずとりあげよう。NHK「国民生活時間調査」の2000年データを使って、育児が完全に社会化されてゼロ時間になったとして試算する。図表−4(a) より、「子どもの世話」にかかっている時間は男女合計で149分。全家事時間が361分だから、30代の人々が平日におこなう家事労働の4割が育児で占められている計算となる。育児の完全な社会化をおこなえば、このぶんの時間がまるまる節約できるので、1日212分の家事労働ですむ。

 なお、『ビジョン』は育児だけでなく介護の社会化も政策目標にあげているが、本稿では介護の問題はとりあげない。2001年「社会生活基本調査」(総務省 2002)によれば、平日の「介護・看護」の全員平均時間は3分である。このように介護の時間はすごく少ない4) ので、介護を削減することの効果はほとんどない。

(3) 年間労働時間1800時間

 つぎに、男性の (フルタイム) 市場労働の削減という目標について検討する。『ビジョン』は「年間労働時間1800時間」という目標を設定している。この目標は、1980年代の構造調整論議に由来する。経済企画庁(1989: 68)によれば、1年365日のうち、142日の休日をつぎのように確保することになっている:(1) 完全週休2日制で土日あわせて104日, (2) 祝日等で16日, (3) 有給休暇20日を完全取得, (4) 欠勤2日。これで年間の労働日数は223日。1日8時間5分ずつ働けば、年間で1803時間になる。

 ただし、この数字はあくまでも勤務先で本当に働く時間、いわば狭義の労働時間である。仕事にともなう活動としては、このほか通勤や仕事上のつきあいが無視できない時間量を占める。図表−4(a) から、30代男性が平日にこれらの活動に使っている平均時間は68+17=85分。「年間1800労働時間」が実現した場合の「市場労働」の時間として計上すべきなのは、このぶんの時間を上のせした数字である:

b = 85 + ( 60 × 年間労働時間 ) / 223  (分) (4)
もし「年間1800労働時間」が実現したとすると、この値は1日569分になる。図表−4(b) の男性の市場労働時間648分にくらべると、79分の短縮にあたる。

(4) 平等社会のシミュレーション

 これらの政策によって平等な労働配分が実現するだろうか。

 人々の選択可能領域は、社会的に制約された家事労働時間 U と男性の市場労働時間 b によって制限を受ける (図表−3)。上で検討したように、『ビジョン』が提示した政策目標が達成できれば、これらの制限を緩和して人々の選択可能領域をひろげることができる。

 一方、男女平等な配分の状態は、式 (2) でみたように、家事・市場労働の合計時間 T に依存する。この T は、家事労働時間や市場労働時間の変化にともなって影響を受ける。たとえば市場労働時間が減った場合、その減少分の一部は余暇 (娯楽・交際・マスメディア接触など) や生活必需行動 (睡眠・休息・食事など) にまわるから、そのぶんだけ総労働時間 T が減少する。松田・鈴木(2002: 78)によれば、男性の市場労働が1時間減ったときの家事労働の増分は10分に満たないという。のこる50分以上は余暇や生活必需行動の増加にまわっているのである。女性の家事労働時間が減少した場合の市場労働時間の変化についての報告はないが、減少分の100%が市場労働の増加にまわるということはないだろう。このように家事労働や市場労働の削減にともなって T が減少すれば、図表−3の「平等配分」ラインが下方に移動する。平等配分の実現はそのぶんだけむずかしくなる。

 男女平等を実現するには、 b や U の減少にともなう T の減少をおさえることが重要な政策課題である。しかしこの点に関しては『ビジョン』中にはなにも言及がない。

 そこで、以下では、何らかの方法で T の減少が完全におさえられた理想的な状態が実現したとして、 T が一定であることを仮定する。これは非現実的な仮定であり、現実には条件はもっときびしいだろう。この仮定のもとでのシミュレーションは、『ビジョン』にとって最も甘い条件を設定した上での政策評価ということになる5)

 この仮定のもとで家事労働時間 U と男性の市場労働時間 b の布置を描いたのが図表−5である。

 まず、図中のO点は、2000年現在の30代男女の状態 ( U=361, b=648) をあらわす。この点は「平等配分」のラインよりもずっと上方にあり、現状が男女平等からほど遠いことを示している。

 『ビジョン』が示した政策課題がスムーズにクリアされ、育児の社会化と市場労働時間の削減に成功したとしたらどうなるだろうか。上で計算してきたとおり、このときには家事労働が149分, 男性の市場労働が79分短くなって、図のZ点 ( U=212, b=569) に移動する。これで不平等はだいぶん緩和されるが、それでも「平等配分」ラインよりも上方にあり、平等が達成されたとはとてもいえない。このZ点での労働時間配分6) を図表−6(Z) に示す。男性の市場労働時間は569分 (約9時間半) なのに対して女性は511分 (約8時間半)。一方、家事労働時間は男性77分 (1時間強) に対して女性135分 (2時間強)。まだ相当かたよっている。『ビジョン』の目標値は、実現されたとしても、男女の平等をもたらすわけではないのだ。

 男女平等を実現するには市場労働か家事労働をもっと削らないといけない。

 図表−5のA点は、市場労働は年間1800時間にあたる水準を維持したまま家事労働だけをさらに削減して実現できる平等状態をあらわす。A点での労働時間配分を上と同様にして求めた結果が図表−6(A) である。家事労働時間は男女とも77分である。一方、市場労働時間は男女ともフルタイムで働いて569分。この場合の平等社会のイメージは、性別にかかわらず1日1時間強の家事労働と9時間半の市場労働をこなす社会ということになる。

 一方、家事時間は1日212分の水準にとどめておいて市場労働時間だけをもっと削減する方向で平等を実現すると、図表−5のB点になる。このとき b=540分。式 (4) にしたがって逆算すると、年間1691時間にあたる。年間1800労働時間という目標値からさらに100時間以上削減しないと平等状態にはたどり着かないのだ。B点での労働時間配分を上と同様にして求めた結果が図表−6(B) である。男女とも家事労働が1日2時間弱、市場労働が9時間である。


4. 政策提言

 以上の考察から、『ビジョン』の目標設定は甘すぎることがわかる。かりに『ビジョン』の政策目標が達成できたとしても、それで平等な社会が到来するわけではない。『ビジョン』の提言の方向で男女平等の実現を目指すなら、つぎの2点について設定の変更が必要である。

提言1: 家事労働削減
家事労働量のいっそうの削減を目指す必要がある。育児を完全に社会化してもまだ不十分である。他の種類の家事も削減しなければならない。
提言2: 市場労働削減
「年間1800労働時間」は目標値として低すぎる。すくなくとも年間1700時間7) 程度の水準を目指すべきである。

『ビジョン』の設定よりずっと条件がきびしくなるわけで、それだけ達成にも困難がともなうことになる。これだけの条件をクリアできなければ、労働配分は平等にならない。

 ここまでの話は、市場・家事労働の総時間 T が一定という仮定のもとでの議論であった。しかし、3.(4)節で検討したように、 T は現実には一定ではなく、市場・家事労働時間の削減にともなって減少する。上のふたつの提言は、実はまだ甘いのである。この T 減少をおさえなければ、男女共同参画社会の実現はおぼつかない。

提言3: 総労働時間の水準維持
市場・家事労働の削減を、余暇や生活必需行動の増大ではなく、男女間の労働配分の平等化につなげなければならない。

特に、男性の市場労働時間短縮は余暇や生活必需行動の増大を招くだけであり、家事時間の増大にはほとんど貢献しない (Tsuya and Bumpass 1998: 100; 松田・鈴木 2002: 78)。この現状を改善することは、『ビジョン』の提言に沿って男女平等を実現するための不可欠の前提である。

 最後に『ビジョン』自体が持つジェンダー・バイアスの問題がある。読者のなかには、2.(2)節の仮定4 (男性=フルタイム労働者) に違和感をおぼえられたかたも多いだろう。『ビジョン』の提言は、gender-equalな社会を構想するのにgender-biasedな前提から出発する奇妙な論理構造になっている。この前提のもとでは、男性の市場労働時間 b がフルタイム所定時間に制約されるため、 b を削減することがむずかしい。その結果として人々の選択可能領域が制限を受けているのである (図表−3)。

 本来の男女共同参画社会とは、性別役割にとらわれない選択ができるように条件が整備された社会であるはずだ。そこでつぎのことを提言しておきたい。

提言4: 男性の柔軟な働きかた支援
「男性はフルタイム労働者でなければならない」という前提を撤廃し、男性が家事専従者になったり、家事を優先してパートタイムで働くなどの選択を可能にする方法を探る必要がある。

男性が柔軟な働きかたをするようになれば、 b はもはや所定労働時間の制約を受けない。仕事を辞めたり、パートタイマーになったりして、市場労働を削減していくことができるからだ。

 提言3, 4は、男女共同参画社会構想にとってあたらしい難問を提示している。それは、これらの提言を実現するための具体的な方法はなにか、ということだ。男性は、市場労働時間が短くなったからといって、家事労働時間を増やす行動はとらない。家事が大変だからといって、フルタイム労働者としてのキャリアから降りてパートタイマーや家事専従者になることもほとんどない。それはなぜなのか。どうすれば現状を変えることができるのか。――これまでほとんどだれも研究してこなかった分野だけに、今後の研究の発展が期待されるところである。


* 本稿は関西数理社会学研究会 (2000年7月15日、大阪大学人間科学部) における報告「Practicable gender-equal societies: 男女共同参画社会の真実」をもとに、データを最新のものに替え、文章を書き直したものである。

1)  英語表記では「gender-equal society」(内閣府 n.d.)。直訳すれば「男女平等な社会」(塩田 2000: i)である。

2)  NHK放送文化研究所が2000年10月におこなったもの。あらかじめ用意されたコード表にしたがって15分単位目盛りの時間割に回答者が記入する方式による。図表−1, 図表−4の数値は当該行動を全然しなかった人をふくむ「全員平均時間」である。

3)  樋口美雄(1991: 207-13)のモデルを参考にした。

4)  介護の全員平均時間が短いのは行為者率が低いためである。2001年「社会生活基本調査」(総務省 2002)では、「介護・看護」の平日の行為者率は男性で1.0%、女性で3.8%となっている。行為者だけの平均時間を出せば、男性で121分、女性で138分とかなりの時間量になる。将来、高齢化の進行にともなって介護行為者率が大幅に上がるとすれば、介護は全員平均時間レベルでも無視できない問題になるかもしれない。

5)  七條達弘 (大阪府立大学) 氏から助言をいただいた。

6)  家事の合計時間 U と男性の市場労働時間 b は図表−5からわかる。家事・市場労働の合計時間 T=1292 分を男性 ( M ) と女性 ( F ) に均等にわけると、 F=M=1292/2=646 分。あとは図表−2にしたがって値をつぎつぎ求めていけばいい: y=M-b ; a=U-y ; x=F-a ; P=x+b 。

7)  この目標の達成度を測るのに、現行の方法 (1.(3)節参照) のようにパートタイム労働者をふくめた労働時間を使うのはまずい。フルタイム労働者の労働時間だけにかぎるべきである。またせまい意味での労働時間を測るだけでなく、通勤等の必要時間も加味したほうがよい。


参考文献


東北大学 / 文学部 / 日本語教育学 / 田中重人
E-mail tsigeto(AT)nik.sal.tohoku.ac.jp

Created: 2003-06-05. Updated: 2004-09-28.