2 積極的措置を合憲とした例外的な判例
憲法の分野に目を戻すと、興味深いのは、州立大学における積極的措置の合憲性が問われた二〇〇三年のGrutter v. Bollinger(31) において、やはりオコナ裁判官の執筆した法廷意見が陰影に富む判断を示していることである。
志願者の学部段階での成績、適性試験の得点、推薦状、エッセイなど、さまざまな要素を総合的に勘案して行われる入学者選抜の過程で、州立大学法科大学院が書類審査の一環として人種を考慮に織り込んでいたことの合憲性が問題とされたこの事件において、合衆国最高裁は、人種に基づく別扱いを日系アメリカ人の強制収容に関する Korematsu v. United States 以来(32)、実に五九年ぶりに合憲とした。法廷意見は、州の主張した「多様な学生集団の確僻」をやむにやまれぬ利益と認定し、合格者に占める少数者の割合についてある程度幅のある柔軟な数値目標を設け、人種を他のさまざまな要因とともにプラス要因と扱うことは許されるとした上で、問題の積極的措置を次のように評価する。「本件では、法科大学院は、個々の志願者の出願書類を非常に個別化された形で審査しており、各志願者が多様な教育環境にいかに貢献できるかを真剣に考慮するとともに、一人一人の全側面に目を向ける形で審査を行っている。どの人種に属する志願者に対しても、このような個別化された考慮がなされている(34)」。このような措置は違憲ではないというのが合衆国最高裁の結論であった。
人種をプラス要因として考慮することを認めたこの判決は、しかし、次の三点を踏まえて、慎重に読み解かれるべきものである。第一に、数値の固定された人種別割当制など、個々の志願者につぶさに目を向けない制度であれば「明白に違憲である(35)」とされている点がまず注目される。実際、同じ州立大学の学部の入学者選抜における積極的措置の合憲性が問われた Gratz v. Bollinger では(36)、人種的少数者への一律加点がなされていたことが問題視され、違憲判断がなされている。
第二に、判決が高等教育を担う大学の裁量を強調している関係上、「知的思考やものの見方の交錯ではなく、生産性こそが目標とされる雇用の場面をはじめ、他の文脈では、多様性はやむにやまれぬ利益とは認定されないだろう(37)」と予想される点も重要である。多様性が非常に重みを持つ価値と認定されたのは、学問の場としての大学の特殊事情によるものなのである。
第三に、判決の最終部分に次のような記述があることも意味深長である。「政府によってなされる人種を用いたすべての措置は、論理的な終結点を有していなければならない(38)」。「当裁判所は、今から二五年後には、今日[やむにやまれぬものと]認められた利益を達成するために人種に基づく優遇措置を使用することはもはや必要でなくなっているものと期待する(39)」。奴隷制をめぐって南北戦争を経験し、その後も学校や交通機関など、さまざまな場面で長く残っていた人種の分離の壁を撤廃するために困難な努力を続けてきたアメリカの裁判所のこの言葉は、積極的措置の必要性の十分な吟味を迫るものと受け止められるだろう。
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安部 圭介. "差別の禁止の基礎にあるもの: アメリカ法における「平等」からの示唆" (特集 雇用平等法制の新展開). 法律時報 980[=79]: 37-42. {2007:03873420:980:37}
Created: 2007-12-16. Updated: 2014-04-27.
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