[Research Materials] [Tanaka's Works]

鈴木眞次 (1992) 離婚給付の決定基準. 弘文堂


第六章 結論

第一節 提案の要約

一 目的と性格

 (一) 前章の各所で提案した離婚給付の決定基準を一括して提示し(第一節)、次にその合理性や実用性の有無を検 討し(第二節)、この両者をもって結びとしたい。

 (二)これまで、婚姻中の役割分担が離婚の際に妻の不利益を招いていることに着目して、離婚給付を論じてき た。まず夫婦の平等・離婚の自由の理念に基づき、離婚給付の主たる目的を、婚姻中の役割分担に起因し離婚によ り顕在化する妻の経済的不利益を填補することと措定した。そしてこの目的を達成するため、財産分与の清算・扶 養の各性格をそれぞれ、@夫婦の協力により蓄積された資力の公正な清算、A婚姻中に家事により減少した所得能 力の補償と再構成した。慰謝料は、B顕著な非行による婚姻の破綻の苦痛の慰謝と限定したうえで、財産分与の一 部としてまたはそれと別個の離婚給付として認めることとした。

 二 決定基準

 (一) このような離婚給付の理解に基づき提案した決定基準は、次のとおりである。

 1(財産分与の清算の性格)婚姻中に夫婦の一方または双方により有償で取得された財産および所得能力は、 夫婦間に平等に分配される。ただし分配の割合につき合意があるときまたは離婚の直前に浪費がなされたときに は、平等でない割合で分配することができる。

 2(財産分与の扶養の性格)婚姻中に家事労働により所得能力の減少した配偶者に対し、他方の配偶者は、婚 姻時の所得能力の回復に必要な教育訓練費および生活費を支払う。ただし所得能力の減少した配偶者が離婚後に 子を監護するためただちに所得能力を回復できないときは、他方の配偶者は、回復できない期間の生活費ならび にその後の教育訓練費および生活費を支払い、所得能力の減少した配偶者が高齢のためもはや所得能力を回複で きないときは、他方の配偶者は、所得能力の減少した配偶者の死亡までの生活費を支払う。

 3(離婚に伴う慰謝料)夫婦の一方の重大な非行により婚姻が破綻して夫婦が離婚し、その事情が明白である とき、その配偶者は他方の配偶者に、それにより被った精神的損害を賠償する。

 4(家族の住宅の処理)@離婚後に未成年の子を監護する配偶者は、清算・扶養および慰謝料として相当であ る限り、婚姻中に居住した他方の配偶者の所有する建物またはその敷地の、所有権または子の成年までの賃借権 の分与を求めることができる。A高齢の家事労働を担当する配偶者は、清算・扶養および慰謝料として相当であ る限り、婚姻中に居住した他方の配偶者の所有する建物または敷地の、所有権または再婚もしくは死亡までの賃 借権の分与を求めることができる。

 (二) 各基準の趣旨をあらためて簡単に解説すれば、こうである。――

 1について。夫婦の協力により蓄積された資力を公正に清算するためには、この基準が適切である。夫婦の協力 による蓄積か否かは、夫婦の一方または双方による有償取得か否かで判定する。夫婦の資力として財産のみならず 所得能力もまた分配される(将来の年金や退職金の期待など)。妻は家事労働という資力の蓄積に不利な役割を引き受け ているので、離婚時には夫婦の蓄積した資力を等分することが公正である。

 2について。役割分担による不利益を償うには、夫婦の蓄積した資力を等分するほかに、妻の減退した所得能力 を補う必要がある。妻の所得能力は婚姻時の水準まで回復されればよい。所得能力の回復のためには、教育訓練費 と生活費との双方が必要である。妻の自立促進と子の監護養育とが両立しないときは、子の福祉のため所得能力の 回復は延期され、妻が高齢のためもはや所得能力を回復できないときには、回復のかわりに夫は妻の生活を終身に わたり推持する。

 3について。慰謝料がその弊害にもかかわらず不可欠なのは、非行が重大でかつ事情が明白なときである。額の 算定にあたっては、経済的要素は考慮せずにもっぱら苦痛の大小を考慮するべきである。この慰謝料は財産分与に 含めて定めても、財産分与とは別に定めてもよい。

 4について。子の成長発達のためには、離婚後も子が養育にあたる母とともにそれまでの家に住み続けられるこ とが望ましい。また長期の役割分担の結果、家の外では生活が困難になっている高齢の妻にも、居住を確保しなけ ればならない。清算・扶養および慰謝料の額が家の所有権を分与するのに足りないときは、賃借権を分与する。

 第二節 提案の検討

 一 類型ごとの処理

 (一) いまのところほとんどの家族において家事労働は主に妻によって担われているが、そうした家族の中でも 夫婦の協力の形は必ずしも同一ではない。提案した決定基準は、さまざまな形の婚姻において、どのように適用さ れるか。

 (二)(1) 妻がもっぱらまたは主として家事労働に従事していた場合。@離婚時に妻がまだ若いときには、夫は 婚姻中に雇用労働や事業経営で蓄積した財産と所得能力との二分の一を妻に与え、また妻の所得能力を婚姻時の水 準に回復するために必要な教育訓練費と生活費とを支払う。そしてもし未成年の子がいて妻が監護にあたるならば、 妻に家族の住宅の所有権または子の成長までの賃借権を分与する(これは(2)(3)も同じ)。

 A妻がすでに老いを迎えているときには、夫は蓄積した財産と所得能力との二分の一を妻に与え、妻の死亡まで の生活費を支払う。そして住宅の所有権または終身の賃借権を妻に与えることを検討すべきである((2)(3)も同じ)。

 (2)妻が家事労働を行うかたわら家業に携わっていた場合。@妻が若年のときには、夫婦が事業経営で蓄積した 財産および所得能力を等分する(妻が離婚後に同種の事業を営むことができず、婚姻時の所得をもたらす職にも就けないようであ れば、夫は教育訓練費と生活費も支払う)。

 A妻が老年のときには、財産および所得能力を等分し、かつ夫は妻の死亡までの生活費を支払う。

 (3) 妻が勤務しながら家事労働を行っていた(夫は職業労働のみをしている)場合。夫婦が職業労働により蓄積した財 産と所得能力とを合計し、夫婦に平等に配分する。

 二 決定基準の適用例

 (一) 判例の基準との差異を示すため、本書の基準を実際の裁判例の事案に当てはめてみる。利用する事件は、 第二章第二節「判例の離婚給付の決定」(二〜四)で判例の基準の難点を指摘するために例示した事件である。

 (二) 【2】横浜地判昭和五五年八月一日の事案は、デザイナーである女性が婦人服会社社長である男性と婚姻し、 一五年後に離婚したというものであった。

 同棲後別居前に有償で夫が取得した財産としては土地・預金・株式・ゴルフ会員権があり、妻が取得した財産と しては建物がある。これらの価値の合計は一億九、二〇万円以上である。そこで清算の額はその二分の一として 九、五五五万円以上になる。また妻は六〇歳でありデザイナーとして服飾業界へ復帰するのは難しそうなので、死 亡までの生活費を認めるべきである。かりに生活費が年二〇〇万円で六〇歳の女性の平均余命が二五年とすると 扶養の額は五、〇〇〇万円となる。清算と扶養とを合計し財産分与は一億四、五五五万円となる。そして、妻は先 の建物に居住しているので、夫にその敷地である土地を妻へ分与させ、残りを金銭で支払わせればよい。

 横浜地裁は一切の事情を考慮して、一、〇〇〇万円の慰謝料のほか、土地・建物および一億円の財産分与とを命 じた。したがって結論にはあまり差がない。しかし結論を導く過程があらかじめ明確になっていたならば、夫婦は 裁判による離婚給付の額を予測し、協議により財産問題を解決できたかもしれない。

 (三)【4】宇都宮地裁真岡支判昭和六二年五月二五日では、鉄工所に勤務する夫と専業主婦である妻とが、子二 人をもうけ家族の住宅を入手したのち不和になった。

 @この住宅の時価三、〇〇〇万円(妻の主張)から借入金残額三五〇万円(同)を差し引き、A取得価格一、六〇〇 万円(同)によって、父の贈与額三〇〇万円と夫の婚姻前の貯金の出絹額三二〇万円(夫の主張)との和を除し、B右 @に、1からAを引いた値を乗じると一、六二三万円となる。すると妻への清算額は八〇〇万円ていどになりそう である。また妻は大卒であり、婚姻以前には一流商社に勤務していたが、別居後は工場に勤務し月八〜一〇万円の 収入を得ているに過ぎない。そこでたとえば会計の専門学校に二年間通うための学費や生活費として、二〜三〇〇 万円を分与すべきである。そして子二人(一五歳と一九歳)の成年までの五年間につき、賃借権を住宅に設定し、親権 者の妻に分与するべきである。

 宇都宮地裁は、妻に慰謝料一〇〇万円と財産分与三〇〇万円とを認めただけである。この事案は、それほど特殊 なものではない。決定基準の改善により、離婚給付の額が相当に増加する事件が、ある程度の数存在するのではないか。

 (四)【5】東京高判昭和六一年一月二九日の事案は、妻が子を連れて実家に帰り夫を侮辱したため婚姻が破綻し たというものである。

 本書の基準によると、別居時に存在したらしい若干の預金のほか、夫が共済組合に有している年金の期待や生命 保険会社に対して有する権利(解約返戻金)も、清算の対象である。また妻は実家で扶養されているけれども、所得能 力の回復のために扶養料を得ることができる。そしてこれらのほかに婚姻費用の清算がなされることになる。

 東京高裁は、妻の慰謝料請求を退け、財産分与を三五〇万円のみ認めた。分与の内訳は二九五万円が婚姻費用の 清算で、残りが実質上の共同財産の清算である(年金の期待や保険の権利は共同財産に当たらず、扶養の必要はないと判断して いる)。この事件のように夫が有責配偶者でない場合には、判例の有責性重視の基準は、妻に十分な額の離婚給付を もたらさない。

 (五) このように本書の決定基準を利用すると、有責性をめぐる不毛な審理を避けつつ、従来と同等かそれ以上 の額の離婚給付を算定することができそうである。また算定の過程は明確となって夫婦の自主的な紛争解決が促進 され、家族の住宅が経済的弱者の利用に供されよう。

--------
p. 317-322
鈴木 眞次. 離婚給付の決定基準. {1992:4335311117}


上記引用文中では、丸数字@ABが使われている。 これらは機種依存文字であるため、Windows 以外の OS では表示できない場合がある。

Comment

「適用例」をみると、夫の「所得能力」の推定は(年金・保険金以外には)おこなわれていない。 認容額のちがいをもたらしているのは、職業訓練費用または生活費のための「扶養」部分である。
Tanaka Sigeto / RemCat / ReMCatQuot

Created: 2007-01-03. Updated: 2007-01-03.

This page contains Japanese encoded in accordance with MS-KANJI ("Shift_JIS").

Copyright (c) 2007 TANAKA Sigeto.