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Quotation from 橘木 (2005)


(1) 働き続けることの意義

 もとより結格・出産・仕事に関する決定は,個人の自由に依存することなので,「女性は結婚・出産後も仕事を続けるべき」と 主張するつもりはない。 ここでは仕事を続けないと,さまざまなハンディを今後の人生で背負うことになることを示して,続けたほうがよいということを主張する。ハンディにはどのようなものがあるだろうか。

 第1に,一度労働市場から引退して,数年間ないし十数年間を非労働力とし て過ごすと,その後新しい職を探してもなかなか見つからない。見つかったと しても,労働条件は相当劣悪にならざるを得ないことは統計上の事実が物語っ ている。就くことのできる仕事はパートタイマーが中心であることは既に述べ たし,仕事の質についても賃金やその他の粂件で前職よりも劣っていることが 多い。

 これは求職側の熟練度が,家庭にいる間,すなわち非労働力化している間に 相当程度陳腐化するので,企業側が新しくこの人達を採用する気にならないか らである。年齢が若ければ企業は訓練を施すかもしれないが,中年になりか かっている人の訓練には不熱心かもしれないので,熟練のアップも期待できな い。男性においても,35歳までが転職の旬と言われるわが国において,熟練 度を相当失った女性が30代半ばで職を求めれば大きなハンディであることは 明らかである。一度失ったものはなかなか取り戻せないのである。

 第2に,一度労働市場から引退すると,わが国の退職金制度・社会保障制度 は不利になるように設計されている。中途退職は退職金額の削減が大きいし, 企業年金に至っては確定拠出制でない限り,相当な不利益を受ける。公的年金 や医療保険も,例えば厚生年金から国民年金へ,組合健保や政府管掌保険から 国民健保へと,制度を移籍せねばならないし,加入している人の利益を重用す る見地から不利である。唯一失業保険制度だけが,給付を受けることになるの で,多少のメリットがあるといえようか。労働市場から退場せずに,勤労を続 けることによって,これら退職金制度や社会保障制度における著しい不利益を 回避できるのである。

 第3に,現今のわが国では離婚率が高まっている。専業主婦であった女性が, 所得を得るために職を探しても,なかなか労働条件のよい仕事は見つからない。 突然の生活苦ないし経済的な困窮に陥ることもあるので,離婚のことを考えれ ば働いていることによってその不幸を最小にできる(例えば横山(2003)参照)。

 第4に,離婚とは無縁としても,結婚を続けている夫婦においても,もし夫 が失業した場合であっても,妻の勤労収入によって家計への打撃を小さくする ことができる。このことは妻が失業しても夫に勤労収入がある時と同様である。 失業率の高まっている日本経済では,共働きの夫婦は一方の失業による程済困 窮の程度を小さくできるので,お互いにセーフティ・ネットの提供者になって いる。

 第5に,夫が働いて妻が専業主婦であれば,経済的な自立感が妻に持てない ので,夫が主・妻が従,という従属関係になりやすい。もとよりこういうこと を気にしないという主婦も多いので,この理由は夫婦の考え方次第である。し かし,経済的に夫と妻が独立しているか,少なくとも共存関係にあれば,家庭 内において主従関係が生じる可能性は減少する。

 もちろん共働きをすることによるデメリットも無視し得ない。思い浮かぶデ メットをいくつか列挙しておこう。第1に,子育てとの両立は物理的・精神 的に大きな負担となる。第2に,子供の教育にマイナスという声もなくはない。 第3に,二人とも働いているので,心理的な余裕を持てないかもしれないし, レジャー等の楽しみの時間が限られる。私自身は第3を除いて,これらのデメ リットを社会仝体で克服する時代になっていると判断している。

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p. 22-23
橘木俊詔 (2005)「序章 なぜ女性活用策がうまくいかないのか」(p. 1-33) {2005:4623044246#Introduction}
ed.= 橘木 俊詔. 現代女性の労働・結婚・子育て: 少子化時代の女性活用政策 (経済政策分析シリーズ). ミネルヴァ書房.


Tanaka Sigeto / RemCat

Created: 2006-12-26. Updated: 2014-04-27.

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