「スターティング・ファミリーズ」調査について
田中 重人
<http://tsigeto.info/15v>
(東北大学)
シンポジウム「高校保健・副教材にみる専門家の倫理と責任―データ改ざんと出産誘導」 (2015-11-30)
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- URI: http://www.sal.tohoku.ac.jp/~tsigeto/15v.html
- Title: 「スターティング・ファミリーズ」調査について
- Presenter: 田中 重人
- Conference: シンポジウム「高校保健・副教材にみる専門家の倫理と責任―データ改ざんと出産誘導」
- Location: 東京ウィメンズプラザ
- Date: 2015-11-30 18:30-
- Language: Japanese
- Short URL:
http://tsigeto.info/15v
- Blog article:
http://b.tsigeto.info/305
Files
「スターティング・ファミリーズ」調査とは
International Fertility Decision-making Study (IFDMS) とも。
Jackey Boivin 教授を中心とするカーディフ大学の研究グループが、イギリス経済社会研究会議 (ESRC) や製薬会社メルクセローノ等の援助を得て2009−2010年におこなった調査。「妊娠・出産の知識レベルが、日本は各国世界に比べて低い水準にある」(日本家族計画協会 [4]) という主張の根拠として使われてきた。
- 2009年4月1日: ESRC 助成期間開始 (2010年6月30日まで)
- 2010年3月4日: メルクセローノとの提携発表
<http://www.pharmiweb.com/pressreleases/pressrel.asp?ROW_ID=17494>
- 2009年7月〜2010年4月: 調査実施
- 2010年6月28〜30日: ヨーロッパ生殖医学会 (ESHRE) での報告 <http://doi.org/10.1093/humrep/de.25.s1.69>
- 2010年6月28日 メルクセローノによるプレスリリース (7月8日 日本語版)
- 2011年2月: Boivin 教授来日
<http://www.ninkatsu.net/jp/info/0003.html>
- 2011年2月9日: メルクセローノ「日本における妊娠と不妊治療に関する認識とその考察」をテーマとした記者勉強会
- 2011年2月10日: 国会内で、野田聖子、小渕優子らが出席の「生殖補助医療をめぐる法整備についての勉強会」で講演
- 2012年5月7日: 雑誌 Human Reproduction に投稿 (再投稿を経て、10月24日掲載決定、11月25日オンライン版、2013年1月15日 正式版公開)
この調査についての詳細は、別紙資料1を参照。
Human Reproduction 掲載論文について
雑誌 Human Reproduction
<http://humrep.oxfordjournals.org>
は
European Society of Human Reproduction and Embryology (ヨーロッパ生殖医学会) が編集する学術雑誌。ヒトの生殖に関連する臨床報告と医学的実証研究を中心として論文を掲載する。
Bunting, Tsibulsky, Boivin による論文 [1] (以下、単に「論文」と呼ぶ) は、「Psychology and counselling」セクションに掲載された原著論文。オープンアクセスになっているので、誰でも無料でダウンロードできる。
調査の問題点
対象者へのアクセス方法
対象18か国のうち、日本とロシアでは調査会社による社会調査パネル (いわゆるモニター調査)、インドと中国では、社会調査パネルと不妊治療クリニックでの質問紙配布の併用、その他の各国ではオンライン調査 (Google/Facebook 広告と不妊関連サイトなどからのリンク) である。
オンライン調査での回答は、社会調査パネルによる回答にくらべて、属性に大きなちがいがあり、このテーマに興味を持つ対象者 (主として英語圏、西欧諸国の女性) が過剰に代表されている (高橋 [5])。このことは論文中で繰り返し警告されている。メルクセローノのプレスリリース [2] でも「調査結果は一般集団を代表するものではなく、この調査への参加者の傾向を示すものです」「同様に、文中に登場する国名についても、その内容は本調査に回答した当該国の参加者を代表するものであり、必ずしもその国を代表するものではありません」
(3ページ)
と注意書きがある。
調査票の作成過程
論文 (388ページ) によると、調査票作成手順は以下のとおり:
- まず英語で作成
- 潜在的利用者に対する予備調査
- カーディフ大学 Centre for Lifelong Learning Translation Service が12言語に翻訳
- 地元の専門家 (local fertility experts) が翻訳版を英語版と照合、その地域の慣習に照らして適切かをチェック
- 翻訳者と専門家が合意した調査票を使用して調査実施
翻訳後の予備調査がおこなわれていない模様。
なお、論文第2著者の Ivan Tsibulsky (当時 Merck Serono 社員) はロシア語話者とのことである
<https://www.linkedin.com/in/ivan-tsibulsky-a858a24]>。他の著者や協力者の間に使用言語の多様性がどのくらいあるかは不明。
CFKSの尺度構成と分析結果から推測できる問題点
妊娠に関する知識の尺度 (Cardiff Fertility Knowledge Scale: CFKS) は、調査票第III部の9にある13項目から作られている (別紙資料2)。
誤答と「分らない」がおなじ扱い (0点) になっているため、質問文の質がそのままCFKSに反映する。つまり、わかりにくい質問文であれば「分らない」回答が増えるため、点数が低くなる。
Figure 1 (論文 392ページ) からは回答者居住国別の傾向をつぎのように読み取ることができる。
(グラフに定規をあてて長さを読み取っている。以下同様。)
- いちばん高いのは、英語圏・西欧の女性回答者 (65点以上) →調査協力を依頼したネットワークから、この問題に強い関心を持つ層が集まった?
- ついで、オンライン調査によって収集した国のうちトルコ以外の男女回答者 (50−65点) →男女を問わず、ある程度の関心のある層を集めている?
- 社会調査パネルを使った4か国 (日・露・印・中) の回答者 (35−50点) →通常の社会調査手法で調査するとだいたいこんなもの?
- いちばん低いのは、トルコの回答者 (20点) →調査票に致命的な問題?
トルコのデータに関しては、CFKSの信頼性 (クロンバックの標準化α係数) が0.41と極端に低い (論文387ページ)。また、報告書 (Merck Serono [3]) 10ページによれば、mumps, puberty, sexually transmitted disease などの語をふくむ質問で正解率が10%を切っている。翻訳の質が低く、特に専門用語の訳語の選択が不適切だったのではないか。
日本とロシアの比較
上記のように、オンライン調査によらなかった4国 (日本、ロシア、中国、インド) の回答者は、CFKSの平均が35−50点程度であり、オンライン調査による回答者 (特に英語圏・西欧諸国の女性回答者) にくらべて点数が低い。これらのちがいは、回答者の集めかたがちがうために生じたものという可能性をまず考えるべきである。その検討なしに、それぞれの国の一般的な傾向をあらわすものと解釈することはできない。
もっとも、調査法のちがいを考慮しても、日本のCFKS平均は低いのではないか、という疑問はありうる。そこで、日本と同様に社会調査パネルだけで集められているロシアの回答者の平均点と比較してみよう。すると、つぎのように、女性回答者のほうにだけ差があり、男性回答者には差がないことがわかる。
- 男性は、日本39点 --- ロシア41点
- 女性は、日本38点 --- ロシア51点
CFKSの項目は、一般的に女性のほうが関心が高いはずの内容 (論文 394ページ) だから、ロシアのデータで女性のほうが男性よりも点数が高いのは順当な結果といえる。
問題は、日本のデータに男女差がないことである。知識があっても答えられない (あるいは知識があると逆にまちがう) 質問文になっていて、日本の女性の正解率が引き下げられているのではないか?
資料はどこに?
日本語版調査票
結局、Jackey Boivin 教授に直接問い合わせて、PDF ファイルを入手した (2015年11月17日)。
- 女性用:
「妊娠に関する意思決定調査」(FDMS - 女性 -Ja)
- 男性用:
「妊娠に関する意思決定調査」(FDMS - 男性 -Ja)
全17ページ。男女別の調査票だが、内容はほとんど同一。語句のちがいが、おそらく3箇所にあるだけである。
調査票全体の構成はつぎのとおり:
- 表紙
- 「妊娠に関する意思決定調査へのご参加にご同意いただきありがとうございます。」(1ページ)
- 第I部: ご自身の背景について (半ページ)
- 第II部: 親となること (2ページ弱)
- 第III部: 受精および妊娠の試み (2ページ強) ← この中の9.がCFKS項目
- 第IV部: 不妊治療サービスについての知識、信念、経験、意思 (6ページ強)
- 第V部: 社会状況および自分自身の健康・一般的医療ケアに対する態度について (3ページ)
- 「親になること及び妊娠健康問題に関する意思決定」(1ページ)
CFKS関連の項目については別紙資料2参照。
文献
- Bunting L., Tsibulsky I, and Boivin J (2013) "Fertility knowledge and beliefs about fertility treatment: findings from the International Fertility Decision-making Study". Human Reproduction. 28(2): 385−397
<http://doi.org/10.1093/humrep/des402>
- メルクセローノ (2010)「国際的調査結果により、妊娠に関する傾向と不妊治療をためらう原因が明らかに」(7月8日)
<http://www.merckserono.co.jp/cmg.merckserono_jp_2011/ja/images/20100708_release_Fertility_survey_results_tcm2453_121136.pdf>
- Merck Serono (n.d.) Fertility: The Real Story
<htn.to/mAvSWJ>
{http://www.icsicommunity.org/__files/f/1452/Fertility%20-%20The%20Real%20Story.pdf}
- 日本家族計画協会 (2015)「学校教育の改善求め要望書提出」『家族と健康』732: 1. {http://web.archive.org/web/20150826040308/http://www.jfpa.or.jp/paper/main/000430.html}
- 高橋 さきの (2015)「「妊娠しやすさ」グラフはいかにして高校保健・副教材になったのか」SYNODOS. 2015.09.14
<http://synodos.jp/education/15125>
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