[Previous page] [Next page]

http://www.sal.tohoku.ac.jp/~tsigeto/2020/1st/
田中重人 (東北大学文学部准教授) 2020-07-30

人文社会序論「現代日本学入門」

第14回 日本学の実践 (5)


[配布資料 (PDF版)] [提示資料 (PDF)]

今回の内容

前回復習:データ (data) = 「多くの人がアクセスでき、おなじ内容が引き出せる情報」

ほかにもさまざまな種類のデータがある (たとえば写真、映画、テレビ、ラジオ、音楽、彫刻、建築、各種工業製品など)。それぞれに固有の収集・分析方法を習得する必要があり、また研究者の得手不得手もあるため、ひとりの研究者があつかえる範囲は限定される。


前回宿題について

設問

つぎの設問に答えてください。ただし、あなた自身がどう考えるかではなく、 一般的に どう考えられているかを答えること。 (1) 「少子化」とはどういう意味か (2) 「少子化」はどういう点で社会的な問題だと考えられているか

解答の例

今回の課題への解答としては、出典は書かなくてもOK。ただし、学習の方向性として、 いったん自分で考えたあと で、 さまざまな情報源にあたって 調べるとよい。

情報源によって大きなばらつきがあることに気付くはず

文献に書いてあることを理解するには、相当の予備知識が必要。 (用語の定義、前提となる理論など。)

さらに発展させるには、日本語以外ではどう表現されているかを調べるとよい (同様の問題は日本以外にもあるはず)。

(1) について

「率」か「数」か? 何を数えるのか? 小さくなることを指すのか、小さいこと自体を指すのか? 理論的背景は?

(2) について

「少子化」の定義とどう対応しているか? どういう理屈でそうなるといえるのか? なぜ「問題」だと考えられているのか? 暗黙に置かれている前提は?


「少子化」の意味の変遷

ことばの用例を収集するには、各種資料を検索することが必要になる。資料の電子化とインターネットでの公開が進んで劇的に改善されてきたが、資料の種類によってその度合いが大きくちがうので注意 (公的な書きことばは保存・公開されやすいのに対し、私的な話しことばの多くはそもそも記録に残っていない)。また、今後公開される資料が増えればちがう系統の用例が出てくる可能性がある。

以下の研究で使ったデータベース

国立国会図書館オンライン: http://ndlonline.ndl.go.jp
CiNii: http://ci.nii.ac.jp (国立情報学研究所)
国会会議録: http://kokkai.ndl.go.jp (国立国会図書館)
日本語書き言葉均衡コーパス (BCCWJ): http://www.kotonoha.gr.jp/shonagon/ (国立国語研究所)
Google Scholar: http://scholar.google.com
Google Books: http://books.google.com
新聞記事検索: 朝日、毎日、日経、読売各社のデータベース

「少子化」の出現

現在のところ、発見されているいちばん古い用例は、1980年 (国会での政府答弁)。その後、1990年までに、国会で6件、書籍・新聞などで50件程度の用例が出現する。ほとんどは「核家族化」とセット。「都市化」と共起することも多い。

急激な社会構造の変化によりまして、都市化が進んできている。あるいは核家族化、少子化というような家庭の中での変化、さらには非常な経済の成長による――この経済の成長自体を否定するわけではございませんけれども、やや物質的な点に気持ちが行き過ぎているのではないか等々、いろいろな理由があろうかと思うわけでございます。

そこで、私どもといたしましては、まず一つはできるだけ若い人たちにやはり集団的な生活になじんでもらう、そしてそのことによってやはり自分のことだけでなくて、広く全体のことを考える。あるいはできるだけ公共の方に目を向けるようにするというようなこと等の、やはり方向づけをすることが必要ではなかろうかということを強く感じております。

――1980年4月8日 第91回国会 参議院文教委員会での文部省社会教育局長答弁

1980年代の新聞にも同様の「少子化」用例がある (坂井 2002)。

人口問題としての「少子化」

1992年『国民生活白書』による「少子化」の定義:

我が国の出生率は近年顕著な低下傾向を示しており,先進諸国の中でもとくにめだったものとなっている。昭和40年代以降の出生数の動向をみると,第2次ベビーブームのピークであった昭和48年の209万人を山にほぼ継続的に減少し,平成3年には122万人となっている。女性が一生のうちに生む子供の数 (正確には合計特殊出生率) も減少傾向にあり,平成元年には1.57人,平成3年には1.53人となり,「1.57ショック」といった言葉も生まれている。また,子供のいる世帯の全世帯に占める割合や子供のいる世帯の平均子供数も低下傾向にある。こうした出生率の低下やそれにともなう家庭や社会における子供数の低下傾向,すなわち少子化の動向とその影響が注目されるようになってきた。――経済企画庁 (1992)『国民生活白書 平成4年版』

この1992年『国民生活白書』が行政用語としての「少子化」の初出とされてきた (が、実際にはそれ以前から用例があることは上述のとおり)。

人口学による権威づけ

現在わかっている知識からは、「少子化」は行政機関 (特に文部省) や教育関連の専門家の間で使われていたものであり、人口学の専門用語として出現した例はない。実際、2002年に日本人口学会が出版した『人口大事典』(培風館) では、「少子化」は、1990年代になって政府が使いはじめた行政用語という位置づけであった。

「少子化」あるいは「少子社会」という言葉が政府の文書で初めて使われたのは,1992年の『国民生活白書』(経済企画庁)である。そこでは,1970年代前半からの出生率低下の(主として)経済的背景を分析し,出生率低下に基づく出生数,子ども数の減少を「少子化」,子どもや若者の少ない社会を「少子社会」と呼んだ。少子化,少子社会はそれ以後,政府が出生率低下問題を取り扱う場合のキーワードとなった。

――阿藤誠 (2002)「少子化と家族政策」日本人口学会『人口大事典』培風館

しかしこれと同時期に、人口学の専門用語として「少子化」をとりいれる動きもあり、2004年の『少子化社会対策白書』ではそれにしたがった定義が導入される。

人口学の世界では、一般的に、合計特殊出生率が、人口を維持するのに必要な水準(人口置き換え水準)を相当期間下回っている状況を「少子化」と定義している。日本では、1970年代半ば以降、この「少子化現象」が続いている。

――内閣府 (2004)『少子化社会対策白書 平成16年版』

日本を代表する人口学者が2007年に出版した一般向け新書での定義:

「少子化」とは、新旧世代の間で1対1の人口の置換えができなくなる低い出生率が継続することを言う。――河野稠果 (2007)『人口学への招待』(中公新書) iページ

2018年、日本人口学会は新たに『人口学事典』(丸善) を出版した。この事典は、「少子化」は low fertility (=低い出生力) の意味の日本語での専門用語だという定義を一貫して採用している。

英語では

日本政府が法律等を英語に訳す際は declining birthrate (出生率低下) を使っていることが多い。

人口学の研究で、出生力が人口置き換え水準を下回っていることを明示したいときは below replacement fertility あるいは sub-replacement fertility のような表現が使われる。

単に「出生力が低い」という意味では low fertility がよく使われている。

論点


人口転換 (demographic transition) のモデル

出生力 (fertility) の指標

多産多死の社会


第1世代:出生時   =女100万+男100万
     出産可能年齢=  50万+  50万
                            ↓CFR = 
第2世代:出生時   = 100万+ 100万
     出産可能年齢=  50万+  50万
                            ↓CFR = 
第3世代:出生時   = 100万+ 100万
                           ……

多産少死の社会


第1世代:出生時   =女100万+男100万
     出産可能年齢=  96万+  96万
                            ↓CFR = 4
第2世代:出生時   =    万+    万
     出産可能年齢=    万+    万
                            ↓CFR = 4
第3世代:出生時   =    万+    万
                           ……

少産少死の社会


第1世代:出生時   =女100万+男100万
     出産可能年齢=  96万+  96万
                            ↓CFR = 
第2世代:出生時   = 100万+ 100万
     出産可能年齢=  96万+  96万
                            ↓CFR = 
第3世代:出生時   = 100万+ 100万
                           ……

出生力が置換水準を下回った (below replacement fertility) 社会


第1世代:出生時   =女100万+男100万
     出産可能年齢=  96万+  96万
                            ↓CFR = 1.5
第2世代:出生時   =    万+    万
     出産可能年齢=    万+    万
                            ↓CFR = 
第3世代:出生時   =    万+    万
                           ……

期間 (period) 観察による指標

人口の変化をコーホートを追跡して観察するのは、長期間を要し、むずかしい。実際には、1年間の年齢別の死亡・出生などのデータを利用して、そこから年齢構造の影響を除いたものを計算し、それを人口動態を表す指標として代用している。

各年齢に1人ずつしかいない社会を仮定して出生数を求めたものが合計(特殊) 出生率 (total fertility rate: TFR) である。母親の年齢別に出生率のグラフをかいて、その面積を求めたものに等しい。


言説と統計の関係

戦後日本における出生力の変動

大きく5つの期間に区分できる

--1956: (第一の) 人口転換――出生力・死亡率がともに低下して、純再生産率がほぼ1になる
1956--74: 安定期――純再生産率がほぼ1で推移
1974--1990: Below replacement fertility 第1期――純再生産率が1未満になるが、それは晩婚化に伴う一時的な現象と考えられていた
1990--2005: Below replacement fertility 第2期――未婚率の増加が長期的問題として認識されるが、出生力の低下の主因は結婚の減少と認識されていた (結婚した人は平均2人程度の子供を持つ)
2005--: Below replacement fertility 第3期――結婚した人の平均子供数も減少していることが共通認識に。一方、TFRは若干上昇する

言説の変遷

この間の代表的な言説は、人口統計にあらわれた変動を少し遅れて反映している。

社会の自己認識と社会変動

合理的な政策形成モデルでは、行為主体 (たとえば政府) が収集した統計を精確に分析し、適切な政策を立案し、実施した結果を評価して修正する。

しかし実際には、政策形成過程は非合理であることが多い。


文献


人文社会序論「現代日本学入門」(田中担当分) のインデックス

前回の授業:第13回「日本学の方法論 (5)」

2020年授業一覧

TANAKA Sigeto


History of this page:


This page is monolingual in Japanese (encoded in accordance with MS-Kanji: "Shift JIS").

Generated 2020-07-30 12:43 +0900 with Plain2.

Copyright (c) 2020 TANAKA Sigeto