http://tsigeto.info/2020/occ/o200608.html
田中重人 (東北大学文学部准教授)
2020-06-08
答えは多岐にわたるので、整理して論じてください。特に、 (1) と (2) のあいだでメリット (得) とデメリット (失) とがどうちがうのか、対比関係がわかるように書くこと。
考えるべきことの候補:
初回「予備知識の調査」 参照
内部労働市場はなぜ成立するのか? というのが労働経済学 (labor economics) の主要な問いのひとつでした。
経済学 (economics) では、希少な資源 (resource) を利用した生産とその成果の分配をあつかいます。
原料 + 生産設備 + 労働 → 生産物
「原料」と「生産設備」の間には、生産過程で使われてなくなってしまうもの (原料) とそのあとにのこるもの (生産設備) というちがいがあります。古典的な経済学では、この生産設備のことを指して、「資本」(capital) と呼んできました。「労働」はこれとは別あつかいで、資本と結合して生産をおこなう別の要素、という位置づけです。
研究が進むにつれて学術的な考え方も変化し、現在の経済学 (および社会科学) では、「資本」という概念はより広い意味で使われるようになってきています。
人的資本には、どこででも使える「一般的」(general) なものと、使える場所・場面などが限定される「特殊」(specific) なものがあります。特に、特定の企業でだけ使える人的資本を「企業特殊的」(firm-specific) 人的資本と呼びます。
内部労働市場がなぜ広範に成立するのか、という問いに対する第1の (経済学的な) 答えは、労働に関しては「企業特殊的人的資本」の占める比重が大きい、ということです。その企業に独特のやりかた (機械の使いかたのようなものから、企業文化のようなものまでふくむ) があって、それを習得しないとうまく働けない、という場合、新しい人を雇ってくると、教育訓練に時間と費用がかかるわけです。また、じゅうぶんな訓練をうけて働けるようになるまで時間がかかるということもあります。
課題で設定した条件でいうと、仙台工場での仕事と福岡工場での仕事との間で、要求される知識や技能に共通の部分が多ければ、すでに仙台で働いている人を異動させたほうが、教育訓練にかかる費用や時間を節約できることになります。逆に、仕事にまったく共通性がなければ、わざわざ社内で異動させるメリットはない (いずれにせよ教育はしなければならないし、引っ越し等の費用がかかる) ことになります。また要求される人的資本が「企業特殊的」でない場合、他の企業や学校などで教育を受けた人を雇う (引き抜く) こともできます。
ただし、企業側からみると、全ての労働者について常にこのような必要性があるわけではありません
人間同士の関係 (特に良好で安定的な関係) のことを「社会関係資本」と呼びます。社会関係資本は私たちの間に「信頼」(trust) を生み出し、社会的な秩序の基礎になるものです。
企業の生産活動においても社会関係資本は重要で、良好な人間関係のなかで互いに信頼しあって働ける状況のほうが、ぎすぎすした人間関係のなかで働くよりも効率がよいのがふつうです。企業と労働者の間にも、これと同様の関係が成り立ちます。企業の都合によって労働者を解雇したり労働条件を切り下げたりすることは、企業に対する労働者の信頼を切り崩し、労働意欲を阻害したり、離職者を増やしたりする結果になることがあります。
新しい労働者を雇う場合には、その候補者を募集して (求人広告や職業安定所 (=ハローワーク) など)、個別に情報を集めて判断する (筆記試験、実技試験、面接、試用など) ことになります。このとき、精確な情報を集めて正しい判断をできるかどうかという問題があります。
一般に、試験や面接を受ける人は「対策」をして臨みますから、そこで出てくる結果は、ふだんの行動とはかなりちがう可能性があります。そのため、「いい人だと思って採用したらぜんぜんよくなかった」というようなことがおこります。逆に、「試験結果が悪かったので採用しなかったが、本当は有能だった」ということもありえます (これはふつうはわからないわけですが)。
おなじ企業で長年働いてきた人であれば、その同僚や上司からみれば、どういう働きかたをする人であるかはわかるわけです。大きな企業であれば、そういう情報を蓄積して判断することに特化した部署 (「人事部」など) があります。このため、内部労働市場での人事を考えるほうが、企業にとっては不確実性が低く、リスクがすくないと考えられます。 (もっとも、どの程度のリスクを許容するかは、企業次第ではあります。)
情報の不確実性の問題は、近年になって労働者派遣事業が拡大してきたことの背景を理解する上でも重要です。労働者を新規に雇うときの情報収集と判断を代行する、というのが、労働者派遣会社に本来期待されていた役割であるからです (→次回)
「期間の定めのない雇用」の場合、労働者は、いつでもやめることができます。使用者の許可を得る必要はありません (2週間前に予告が必要)。
これに対して、使用者の側から労働契約を打ち切る「解雇」(dismissal) は厳しく制限されています。
まず、仕事に起因する労働災害による休業期間や、産前産後休業期間中の解雇は、労働基準法で禁止されています
- 労働基準法 19条: 使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。……
- 65条: 使用者は、六週間(多胎妊娠の場合にあつては、十四週間)以内に出産する予定の女性が休業を請求した場合においては、その者を就業させてはならない。/ 2 使用者は、産後八週間を経過しない女性を就業させてはならない。……
また、労働組合での活動を理由に解雇することは、労働組合法第7条で禁止されている不当労働行為にあたります (→ 5/25資料) 。
これらに該当しない場合であっても、一般的に、解雇には、客観的に合理的な理由があって社会通念上相当と認められる条件が必要とする規定があり、これを「解雇権濫用法理」と呼んでいます。
- 労働契約法 16条: 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする
「合理的な理由」について明文の規定はないのですが、過去の判例などから、おおむねつぎのようなものを指すとされています;
いずれの場合も、単にこれらに該当する事由があるというだけでなく、これらの事由に対して解雇という対応をとることが「社会通念上相当」な程度の必要があると認められなければなりません。特に、人員整理の場合 (上記の3番目) には、配置転換や希望退職募集などの解雇回避努力をまずおこなうこと、解雇する人員を合理的な基準によって公正に選定すること、事前にじゅうぶんな説明をして誠実に協議をおこなうことが要求されます。
このような規制がおこなわれる理由としては、通常、つぎの二つがあげられています:
これらに加えて、近年では、解雇の法的規制は安定した雇用関係をつくりだし、そのような期待をもって人々が行動することになるので、結果として安定した経済活動環境を維持しやすくなるという機能が指摘されています (神林 2010)。
「一般的人的資本」(general human capital) が重要な仕事に就いた人と、「企業特殊的人的資本」(firm-specific human capital) が重要な仕事に就いた人とでは、職業上のキャリアにどのような違いが生じるだろうか。自由に論じよ。
レポート課題 (2020年の報道から職業に関連する記事を1つ選び、この授業の内容と関連付けて説明する) について、その計画を6/19提出締切としています (Google Classroom に提出)。
提出されたものをみてフィードバックまたは相談をおこないます (方法は未定)。
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