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田中重人 (東北大学文学部教授) 2025-07-16

現代日本学各論I/現代日本学社会分析特論I「現代日本における家族と人口」

第12講 社会問題としての人口


[配布資料PDF版]
[テーマ] 日本の近代化と「出生力」の社会問題化

前回宿題について

こういう課題に関する学習の方向性として、 いったん自分で考えたあと で、 さまざまな情報源にあたって 調べるとよい。

情報源によって大きなばらつきがあることに気付くはず

文献に書いてあることを理解するには、相当の予備知識 (用語の定義、前提となる理論など) が必要になるので、そういうものも調べる。

さらに発展させるには、日本語以外ではどう表現されているかを調べるとよい (同様の問題は日本以外にもあるはず)。

(1) について

「率」か「数」か? 何を数えるのか? 小さくなることを指すのか、小さいこと自体を指すのか? 理論的背景は?

(2) について

「少子化」の定義とどう対応しているか? どういう理屈でそうなるといえるのか? なぜ「問題」だと考えられているのか? 暗黙に置かれている前提は?


ことばの意味・用法を調べる方法

ことばの用例を収集するには、各種資料を検索することが必要になる。

資料の電子化とインターネットでの公開が進んで、この種の検索環境は劇的に改善されてきた。ただし、現在でも、資料の種類によってその度合いが大きくちがう。特に、公的な書きことばは保存・公開されやすいのに対し、私的な話しことばの多くはそもそも記録に残らないことに注意。

公開される資料が増えれば、ちがう系統の用例が出てくる可能性がある。

データベースの例:

国立国会図書館オンライン: http://ndlonline.ndl.go.jp
国立国会図書館デジタルコレクション: https://dl.ndl.go.jp
CiNii Research: http://cir.nii.ac.jp (国立情報学研究所)
国会会議録: http://kokkai.ndl.go.jp (国立国会図書館)
日本語書き言葉均衡コーパス (BCCWJ): https://ccd.ninjal.ac.jp/bccwj/ (国立国語研究所)
Google Scholar: http://scholar.google.com
Google Books: http://books.google.com
新聞記事検索: 朝日、毎日、日経、読売各社のデータベースが附属図書館で利用できる (学外からはVPN接続が必要)。 http://www.library.tohoku.ac.jp/search/database.php?t=30 のほか https://www.tains.tohoku.ac.jp/contents/remote/vpnstudent.html も参照。

「少子化」の出現

「少子」はもともと「年若い男性」という意味であり、謙遜的な一人称、あるいは目下の相手に対する二人称の代名詞としても使われる。

1940年以降、そうした意味とは異なる「少子家庭」の用法が出てくる:

知識階級層に於ては、夫婦間に一人若しは二人の子を以って足れりとする感情が、既に日本に於ても成立して居るのである。日本の大衆に向っては、嬰児殺し禁止、堕胎取締等が一応人口増加に役立ったようであるけれども、今後は恐らく受胎防止技術の普及によって、再び出産減少時代が来るのではないかと怖れられて居るのである。若し少子家庭が国民間に風をなすに於いては、如何に多子奨励策を取っても容易に実効を挙げ得ないであろう。

――高野六郎 (1940: 52)

1968年には家庭生活問題審議会 (会長:磯村英一) が佐藤栄作首相に対する答申で「少子家庭の増加という現代の好ましくない傾向」(家庭生活問題審議会 1968) という表現を使っている。 1969年の総理府青少年対策本部『青少年白書』には、「核家族化や少子家族化」(p. 293) という句が出現する。

「少子化」について、発見できているいちばん古い用例は、1969年の雑誌論文:

と同時に核家族の少子化も強まる傾向にある。〔……〕

このような少子家族の核家族は、家族生活の中心が実質的に母親になることが多く、母子関係が、過保護、放任、過教育におちいる傾向をもっている。その結果、子どもの自主独立性が喪失したり弱化し、非行化が生じたりして、いずれも健全な社会性を育てる点で必ずしもよい影響を与えないということを見逃してはならない。

――光川晴之 (1969: 69)

自由国民社『現代用語の基礎知識』には、1972年版以降、「少子化」の語が「都市家庭の生理」の項の説明に出ている。

その後の用例でも、おおよそ「核家族化」とセットである。「都市化」と共起することも多い。

急激な社会構造の変化によりまして、都市化が進んできている。あるいは核家族化、少子化というような家庭の中での変化、さらには非常な経済の成長による――この経済の成長自体を否定するわけではございませんけれども、やや物質的な点に気持ちが行き過ぎているのではないか等々、いろいろな理由があろうかと思うわけでございます。

そこで、私どもといたしましては、まず一つはできるだけ若い人たちにやはり集団的な生活になじんでもらう、そしてそのことによってやはり自分のことだけでなくて、広く全体のことを考える。あるいはできるだけ公共の方に目を向けるようにするというようなこと等の、やはり方向づけをすることが必要ではなかろうかということを強く感じております。

――1980年4月8日 第91回国会 参議院文教委員会での文部省社会教育局長答弁

1980年代の新聞にも同様の「少子化」用例がある (坂井 2002)。


人口問題としての「少子化」

1992年『国民生活白書』による「少子化」の定義:

我が国の出生率は近年顕著な低下傾向を示しており, 先進諸国の中でもとくにめだったものとなっている。昭和40年代以降の出生数の動向をみると, 第2次ベビーブームのピークであった昭和48年の209万人を山にほぼ継続的に減少し, 平成3年には122万人となっている。女性が一生のうちに生む子供の数 (正確には合計特殊出生率) も減少傾向にあり,平成元年には1.57人, 平成3年には1.53人となり, 「1.57ショック」といった言葉も生まれている。また, 子供のいる世帯の全世帯に占める割合や子供のいる世帯の平均子供数も低下傾向にある。こうした出生率の低下やそれにともなう家庭や社会における子供数の低下傾向, すなわち少子化の動向とその影響が注目されるようになってきた。

――経済企画庁 (1992)『国民生活白書 平成4年版』

この1992年『国民生活白書』が行政用語としての「少子化」の初出とされてきた (が、実際にはそれ以前から用例があることは上述のとおり)。


人口学による権威づけ

現在わかっている知識からは、初期の「少子化」は行政機関や家政学・社会学・教育学・心理学等の専門家の間で使われていたものであり、人口学の専門用語として出現した例はない。実際、2002年に日本人口学会が出版した『人口大事典』(培風館) では、「少子化」は1990年代になって政府が使いはじめた行政用語だという位置づけであった。

「少子化」あるいは「少子社会」という言葉が政府の文書で初めて使われたのは,1992年の『国民生活白書』(経済企画庁)である。そこでは,1970年代前半からの出生率低下の(主として)経済的背景を分析し,出生率低下に基づく出生数,子ども数の減少を「少子化」,子どもや若者の少ない社会を「少子社会」と呼んだ。少子化,少子社会はそれ以後,政府が出生率低下問題を取り扱う場合のキーワードとなった。

――阿藤誠 (2002)「少子化と家族政策」日本人口学会『人口大事典』培風館

しかしこれと同時期に、人口学の専門用語として「少子化」をとりいれる動きもあり、2004年の『少子化社会対策白書』ではそれにしたがった定義が導入される。

人口学の世界では、一般的に、合計特殊出生率が、人口を維持するのに必要な水準(人口置き換え水準)を相当期間下回っている状況を「少子化」と定義している。日本では、1970年代半ば以降、この「少子化現象」が続いている。

――内閣府 (2004)『少子化社会対策白書 平成16年版』

日本を代表する人口学者が2007年に出版した一般向け新書での定義:

「少子化」とは、新旧世代の間で1対1の人口の置換えができなくなる低い出生率が継続することを言う。

――河野稠果 (2007)『人口学への招待』(中公新書) iページ

2018年、日本人口学会は新たに『人口学事典』(丸善) を出版した。この事典は、「少子化」は low fertility (=低い出生力) の意味の日本語での専門用語だという定義を一貫して採用している。


英語では

日本政府が法律等を英語に訳す際は declining birthrate (出生率低下) を使っていることが多い。

人口学の研究で、出生力が人口置換水準を下回っていることを明示したいときは below replacement fertility あるいは sub-replacement fertility のような表現が使われる。

単に「出生力が低い」という意味では low fertility がよく使われている。


発展編

計量テキスト分析 (text mining) → KH Coder <http://khcoder.net>


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