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http://tsigeto.info/2020/study/s200716.html
田中重人 (東北大学文学部准教授)
2020-07-16
現代日本学社会分析研究演習I/現代日本学演習III「現代日本における社会問題の分析」
第6講 価値ある研究のために
[配布資料PDF版]
- [テーマ]
良い研究とは何か/倫理的注意事項
良い研究とは
研究評価の3要素
- 有用 (relevant) → 問い (と答え)
- 新しい (original) → 答え (と問い)
- 正確 (reliable) → 根拠
具体例
Matthias ほか (1954) によるニオブ-スズ合金 (Nb3 Sn) の超伝導 (superconductivity) の研究
- 問い:
Nb3 Sn を何度まで冷やすと超伝導状態になるか
- 答え:
-255度 (= 18 K)
- 根拠:
実験したらそうなった (図参照)
田中 (1996) によるフルタイム継続率の研究
- 問い:
戦後日本において、結婚・出産・育児期の女性のフルタイム継続率はどのように変化したか
- 答え:
20%程度でほぼ一定
- 根拠:
1985年SSM調査の職業経歴データによる分析の結果
田中 (2018) による「少子化」言説の研究
- 問い:
日本の公的な言論では、「少子化」ということばはいつどこで出現したか
- 答え:
1980年国会 (4月8日、参議院文教委員会での文部省委員答弁)
- 根拠:
国会会議録
(http://kokkai.ndl.go.jp)
ほかで「少子化」を検索した結果
注意点
「問い」と「答え」1組だけで1本の論文ができるとは限らない。そうでないことのほうが多いので、いくつもの「問い」と「答え」を組み合わせて論文を書き上げるのがふつう。
研究のプロセスでは、さまざまな問いを立てて並行して答えを探していくことになる。論文を書く際には、実際に答えを出してきた順序とはちがう組み立てかたを考えること。
倫理に関する諸問題
- 他人の発案によるアイディアを自分の発案であるかのように書いてしまった
- 出典を明示しないで他人の文章を書き写した
- 他人の文章から無許可で大量に引用した
- インタビューに基づいた論文のなかに、対象者が特定できるような情報があった
- 特定の個人や団体を中傷する文章があった
- 差別表現やステレオタイプを強化する表現の使用
情報をめぐる利害
文章を書く=情報の流布 → 他人の利害との衝突
- 学問上の優先権
- 情報からえられる経済的利益 (知的所有権・著作権)
- 個人の秘密・名誉
学問上の優先権
学問の世界では、「誰が最初に考えたか (または発見/発明したか)」ということに非常に高い価値が置かれている。 第1考案者 (または発見/発明者) は、そのアイデアや発見について「優先権」(priority) を持つ。
- 他人の発想や発見を自分のものであるかのように詐称 (plagiarize) しない
- 引用または参照によって誰の業績かをはっきりさせること (出版されているものに限らず、たとえば雑談のようなものであっても、アイディアが他人由来である場合はそのことを示すと考えること)
優先権は、著作権とはちがって、時間がたっても消滅せず、譲渡・相続不可能である。また、引用するにあたって当事者への連絡・許可は不要である。
大学のレポートにおけるplagiarismは、筆記試験における cunning と同様の不正行為とみなされる。
経済的利益の保護
経済的利益を保護するために、さまざまな「知的所有権」が設定されている:特許権/意匠権/商標権/実用新案権 など。これらはいずれも、
経済的利害
がなければ問題にならない。
著作権
これに対して、著作権 (copyright) の侵害は、経済的利害がなくても問題になりうる。 (→「版権」は旧称)
著作権者は著作物について種々の権利を持つ
著作物とは、「思想または感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(著作権法2条) をいう。たとえば文章/音楽/舞踊/美術/建築/図面/映画/写真/プログラムなど (著作権法10条) がこれにあたる。アイディアやデータそのものではなく、それらの表現されたかたちが保護の対象になる。
- 作成者が自動的に著作権者になる (登録の必要なし)
- 著作権は譲渡できる
- 作者の死後一定期間 (国によってちがう) で消滅する
- 著作権者の許可なしに複製・販売・上演などをしてはならない。ただし例外として、私的利用のための小規模な複製と
正当な範囲での引用
は許可なしにしてもよい。
著作物からの引用
公表された著作物から通常の文章だけを引用する場合の 許容範囲 (木下 (1981, p. 165) に田中加筆)
- 引用は400字以内
- 引用に関するルールを守っていること
- 引用文が自分の書くものの2割以内
- 著作物の全体を引用してはならない
文章以外の引用の場合は、つぎのようにする
- 絵画, 図面, 写真, CGなど:
著作権者の許可をえる (木下, 1981, p. 166)。
- 表, 詩歌, キャッチコピーなど:
グレーゾーンだが、許可をとるほうがよい。歌詞については日本音楽著作権協会 (JASRAC) が手続きを代行していることが多い。
秘密を守る権利
- 名誉毀損罪:
「公然と事実を指摘し、人の名誉を毀損した者は〔……〕に処す」 (刑法230条)
- プライバシーの権利:
判例「宴のあと」事件 (東京地裁1964.9.28) 「私生活をみだりに公開されないという法的保障」
名誉やプライバシーの侵害が許容される例外的な条件は、次のふたつ (刑法230条の2第1項ほか)。
ただし、つぎの場合は許容基準があまくなる。
- 死後相当の期間がたっている場合
- 公人/著名人である場合
公表前に十分な準備を
- 真実性の確認
- 当事者への情報開示 (文書の性質、公開の範囲など)
- 当事者に許可をとる
- 文章の当事者チェック
許可のないまま公表せざるを得ないこともあるが、相応の覚悟が必要である。
差別表現とステレオタイプへの対処
マイノリティに対する蔑視表現、あるいは属性に基づく固定的イメージ (stereotype) を助長する表現に注意すること。
- 身体的特徴・障害・疾患・性向・民族・出身・年齢などに関する表現で、蔑視的な意味合いをふくむもの
- ステレオタイプを助長する表現: 「女性ならだれしも……」「関西人らしいボケツッコミ」
- 言及対象や読者が特定の属性を持っていることを当然の前提とする表現
- 男性の医師は「医師」、女性の医師は「女医」と表現するような書きかた
- 「17歳といえば高校生」
- 「われわれ日本人は……」
こうした表現が問題になるかどうかは文脈による。自分の文章がどのような派生的効果を持つか、読者によってどのように受け取られる可能性があるか、よく考えること。
研究倫理教育
近年、研究不正を防止するためのガイドラインが整備されてきており、大学や研究機関には、トラブルを防ぐための教育が義務付けられるようになってきている
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