田中 重人 (tsigeto(AT)nik.sal.tohoku.ac.jp)佐藤 嘉倫 (編), 1998, 『1995年SSM調査シリーズ3: 社会移動とキャリア分析』 1995年SSM調査研究会 (事務局: 東京大学文学部盛山和夫研究室): p. 85-122.
家族経済学では、性別分業の原因を労働市場の性別格差に求める。 家族内の労働力を合理的に配置しようとした結果、賃金の相対的に低い女性が家事に専念し、 男性が稼ぎ手役割を受け持つようになるという。 この議論は他の分野でも受け入れられており、「女性の職業上の地位が上昇すれば性別分業は崩壊する」 というのが通説となっている。 つまり労働市場での男女平等が進むにつれて家族内でも性別役割の流動化が起こり、 家事を負担する男性や本格的な長期フルタイム就業に就く女性が増大していくと 考えられている。
この説を検証するため、まず戦後日本における職業構造および賃金の男女格差をみると、明らかに 女性の地位は上昇してきたことがわかる。 この効果は特に若年層で著しくみられ、 また新しいコーホートほど結婚前の職業の夫婦間の格差が縮まってきている。 通説の立場からは、新しいコーホートほど性別分業から自由な夫婦が増えていると予測される。
ところが実際のデータからはまったくちがう傾向が見出される。 1985年と95年の全国調査で、初職から調査時点までの職業経歴を詳細に訊ねたデータ を用い、結婚前にフルタイム雇用についていた女性が出産後までフルタイム雇用に残っている比率 (以下、フルタイム継続率) を計算すると、 コーホートにかかわらず、20%程度で一定なのである。 1993年の 日本労働研究機構 の調査報告によれば、 夫の家事参加は妻の育児期のフルタイム雇用によってのみ促進されるという。 このことをあわせて考えれば、戦後日本で進んできた女性の職場進出とは、パートタイムなどの 性別分業と抵触しないかたちでのものに限られているのであり、 結婚前から育児期までフルタイム雇用で働きつづけるという形態はまったく増えていないといえる。 なお、育児をサポートする社会制度や拡大家族の効果も検討したが、これらを考慮にいれてもなお この結論は維持できると考えられる。
つぎに、横断面での女性の職業的地位とフルタイム継続率との関係を検討する。 女性のフルタイム継続率は、専門職層とブルーカラー層で高く、ホワイトカラー層で低い。 専門職層のフルタイム継続率の高さは、出産休暇・育児休業等の制度が 早くから充実していたことによると考えられるが、 ブルーカラー層のフルタイム継続率の高さは、一見説明が不可能である。 夫の職業的地位をコントロールしてもなおこの効果はのこるから、 通説の予測に反して、女性の職業的地位はフルタイム継続を促進しないといえる。
以上の結果は通説に疑問を投げかけるが、だからといって 通説を完全に放棄するのも適当とはいいがたい。 家族が合理的に労働の分配を決めている、とするロジックは、 われわれのリアリティに対して説得力があるからである。 ここではむしろ、通説が想定するような効果は存在するのだが、それとは別に反対方向の効果がはたらいていて 打ち消されている、という仮説を考えることにしよう。 この発想はマルクス主義フェミニズムの「家父長制」(patriarchy) 概念に非常に近い。 労働市場における男女平等の圧力に抗して性別分業を維持しているメカニズムが「家父長制」 なのだが、その具体的な正体を突き止めようというのである。
具体的にはいわゆる「結婚退職制」が家父長制の具現化といえる。 男女のライフコースを完全にわけて形成させる圧力が特にホワイトカラーの職場には強くあり、 そのためにフルタイム継続率が抑制されていると考えられる。 これは先行の事例研究でしばしば指摘されていることだが、ここでの問題は どうして結婚退職制が発達するのかということである。
まず「早期回転仮説」(turnover hypothesis) を検討する。 Goldin によって定式化された仮説で、 勤続にともなって賃金があがっていくような体制の企業では、 女性を補助的な職種に集中させて早期退職を促すような制度ができやすいという。 この説は簡単に否定される。 なぜなら、結婚退職制は一般に大企業で発達しているのに、 大企業での女性の年功―賃金カーブは水平に近いからである。 女性の勤続にともなって賃金があがっていくのは、むしろ中小企業にあてはまるが、 そうしたところでは結婚退職制は発達しなかった。 いわゆる「住友セメント結婚退職制裁判」の記録は同様の事実を示しているが、 さらに、結婚退職制は男性労働者の圧力によって導入されたことが示唆されている。 結婚退職制ができるのは、企業が労働者を短期回転させるためというよりは、 男性労働者による女性労働者の排除の産物だと考えたほうがよさそうである。 そして、そうした闘争には、性別に基づく偏見 (sexism) が重要な役割をはたしていると考えられる。
さて、以上の事実は、ホワイトカラーの職場で sexism が特に強いということを示唆する。 ではなぜホワイトカラーの職場では sexism が強まるのか。
ホワイトカラーとブルーカラーのちがいとして簡単に目につくのは、 職場・職種ごとの女性の集中度である。 「国勢調査」の職業カテゴリーで見ても、職場単位のアンケート結果で見ても、 職場での日常的な職務の割り当てを見ても、ブルーカラーの職場は女性だけが集中して働いていることが多い。 これに対してホワイトカラーの職場では女性の集中度は相対的に低く、男女が混合して働いていることが多い。
しかしこのことは、ホワイトカラーの職場で平等化が進んでいることを意味するわけではない。 質的調査による先行研究によれば、ホワイトカラー職場にもやはり男性と女性の仕事に区別があり、 当の労働者たち自身もそのことを自覚している。 ただそれは、仕事の内容が明らかにちがうというものではない。 同じ仕事でもやりかたがちがう (たとえば個人単位で仕事するか、チーム単位か) とか、 あたえられる責任の大きさがちがうとか、 回転の速さがちがう (ずっと同じ職場にいるか、短期間でローテーションしていくか) とかいうちがいである。 職場や職種のレベルで男女がはっきりわかれるブルーカラーの場合とは、やはり事情がちがうのである。
理論的に概念化しよう。 性別による職域の分離 (segregation) は、ふたつのレベルにわけることができる。 職場や職種などの formal なレベルでの segregation と、 日常的な仕事の場における day-to-day segregation である。 ブルーカラーの職場では前者、ホワイトカラーの職場では後者が一般に優勢である。 そして、職場内での sexism を形成するには、後者のほうが影響力をもっている。 Konno の先駆的な研究が示すように、formal なレベルでの男女の区別がなくなることは、 皮肉にも、日常的に性別が参照される機会を増やしてしまうのである。 ブルーカラー職場では、職場や職種の配置を決めた時点で性別による segregation が済んでしまうので、 日常的な業務遂行の場面でいちいち労働者の性別を意識する必要がない。 これに対してホワイトカラー職場では男女が混合して似たような仕事に従事しているが、 仕事の細かなやりかたを決めるのは性別という変数であり、 したがって性別を日常的に意識することなしには仕事ができない。 このような職場環境のなかで相互作用がジェンダー化されていき、sexism が形成され、 結婚退職制を生み出していくのである。
このように考えれば、女性の地位が向上したにもかかわらず性別分業が維持されてきた原因をうまく説明できる。 女性の地位向上は一般に、それまで男性が独占してきた領域への進出にともなって起きる。 戦後日本においては、それはホワイトカラーの女性化というかたちをとった。 それにともなって formal segregation は減少し、変わって day-to-day segregation が優勢となったのである。 このことが、ホワイトカラーにおける結婚退職制をはじめ、男女別にライフコースを設定するような 制度・規範を強化したと考えられる。 かつてブルーカラー女性の結婚・出産退職の原因は、地位の低さによるものであった。 これに対して現代のホワイトカラー女性は、高い報酬と労働条件にめぐまれているにもかかわらず、 結婚・出産退職を促進する制度的・文化的要因のために退職する。 このように原因は大きく変わっているけれども、すくなくとも表面上は 彼女たちの行動は変わってこなかった。 女性が家事に責任を持ち、男性が職業労働に専念するという性別分業の体制は、こうして維持されてきたのである。
この仮説は、formal segregation のいわば両刃の剣ともいうべき性質を示している。 Formal segregation の減少は確かに女性の地位向上をもたらし、性別分業を流動化させる効果を持つが、 他方で職場内の sexism を醸成し、性別分業を強化する。 このふたつの相反する効果は、マルクス主義フェミニズムの「家父長制」のメカニズムを具体的にあらわしている。 性別平等化の効果を無効にするようなメカニズムが近代社会に埋め込まれていることを示しているからである。
上記は、 『1995年SSM調査シリーズ』3: p. 85-122 の内容を著者が要約したものです。 当論文の全文は PDF形式 (439KB) で読むことができます (原文から若干の変更があります: 表紙のコメントをご覧ください)。 抜刷 (印刷物) を希望のかたは 著者までご連絡 ください。 英文の要旨と目次はこちらにあります。
SSM 調査
SSM 調査シリーズ (全21巻)
田中 重人 (tsigeto(AT)nik.sal.tohoku.ac.jp)
Created: 1998-10-16. Updated: 2002-04-01.