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性別分業の変動論

マルクス主義フェミニズム vs. 合理主義経済学

(第7回日本家族社会学会大会 (July 1997) 報告要旨)

田中 重人(大阪大学人間科学部)
(tsigeto(AT)nik.sal.tohoku.ac.jp)

 女性の職場進出状況の変動から性別分業の変動を読みとろうとする場合、 「本格的」な職場進出と「家事優先型」の職場進出とのちがいが問題になる。 実証的にはこのふたつはフルタイム・長期型の就業とパートタイム・短期型の就業に ほぼ対応すると考えていいだろう  (実際には食い違いがあるが、後述)。

 これら2種の「職場進出」の変動に関してたがいに対立する議論を組み立ててきた2大潮流が、 マルクス主義フェミニズム(上野 [1] など: 以下 MF)と 合理主義経済学(樋口 [2] など: 以下 RE)である。 本報告ではこれらの理論間の対立点を閾値モデルによって明確化し、 そのあと経験的なデータから両理論を検証する。


目次

1 閾値モデルの基本型
2 合理主義経済学 (RE) モデル
3 マルクス主義フェミニズム (MF) モデル
4 経験的材料
5 結論
文献

1 閾値モデルの基本型

 女性を職業労働に引き出す誘因の強さを  x  であらわす。 この  x  を規定するのは、彼女に提示される賃金率のほか、 職業に就いた場合に失われる分の家事労働の機会費用や、 価値・規範などである。 彼女の就業行動は この  x  とふたつの閾値   P, F  (P<F)  との関係で決まる:
x < P
…… 働かない
P ≦ x < F
…… パート・短期型就業
F ≦ x
…… フルタイム・長期型就業。
 社会全体でみたとき、 x  の値はある確率密度関数   Z(x)  にしたがって分布する。 本報告では便宜的に、  Z(x)  は正規分布すると仮定しよう  (ほかの分布型でも、よほど変なかたちでないかぎり結論はおなじ)。 また閾値  P, F  については、全女性がおなじ値を共有すると考える。

 RE も MF も、女性を職業労働に引き出す誘因が強まりつつあるという点では認識の一致をみている。 ふたつの時点 0, 1 において、 x  の分布がそれぞれ  Z0(x), Z1(x)  にしたがっているとしよう。 職業労働への誘因が強まるという現象は、 この2時点間に  x  の分布が定数  k(>0)  だけ右に移動するというかたちで表現できる:

Z1(x)= Z0( x - k )  . (1)
 RE と MF のちがいは、このときにふたつの閾値   P, F   がどんな動きをすると考えるか、というところにある。 ふたつの時点での   P, F   の値をそれぞれ   P0, P1, F0, F1   のようにあらわすことにして 議論をすすめよう。

2 合理主義経済学 (RE) モデル

 RE の発想では   P, F   はどちらも一定である。
P1 = P0,   F1 = F0   . (2)
このとき   Z(x)  が右に動けば必ずフルタイム・長期型の就業が増える。

3 マルクス主義フェミニズム (MF) モデル

 MF の発想では  P  は一定だけれども  F  は   Z(x)  と同様に移動する。
P1 = P0 ,   F1 = F0 +k   . (3)
これなら   Z(x)  とおなじ速度で   F   が右に動いていくため、 無職者の減少分はすべてパートタイム・短期型の就業に流れ込む。

4 経験的材料

 総務庁「労働力調査」によれば、 女性フルタイム率は1960年代以降3割弱で一定な のに対して、無職率は激減しており、かわってパートタイム率が急増している [3: 153]

 「社会階層と社会移動」(SSM)全国調査の85年データ [4] 女性票の分析でも、 未婚期から育児期にかけてフルタイム就業をつづける女性の率は2割前後で一定なのに対して、 育児期に無職だった女性が育児終了後(末子13才時)まで無職でいる率は激減し、 かわって育児終了後のパート参入率が急増してきたことがわかっている [田中: 3: 157]

 95年SSM調査 [5] A票女性データに田中 [3] とおなじ分析方法を適用した結果を 表1に示す。 これによると、未婚期から育児期のフルタイム継続率(If)は一定だ。 また育児期無職者の育児終了後(末子13才時)の状況をみると、 無職率(IIu)は激減しているがフルタイム参入率(IIf) はそれほど増えておらず  (標本誤差の範囲内)、その差分はパート参入率(1-IIf-IIu)の急増となっている。


表1 女性の就業行動の変化 (95年SSM調査)
―――――――――――――――――――――
 年齢  If   (人数)  |  IIf   IIu (人数)
―――――――――――――――――――――
 60代  .216  ( 88)  |  .094  .820  (128)
 50代  .230  (126)  |  .147  .691  (136)
 40代  .214  (224)  |  .176  .449  (136)
 30代  .251  (167)  |
 20代  .128  ( 47)  |
―――――――――――――――――――――
 合計  .221  (652)  |  .140  .650  (400)
   V   .072(p>.10)  |  .241 (p<.01)
―――――――――――――――――――――

 こうした変動を解釈する際には育児支援制度の変化を考えに入れる必要がある。 育児支援が充実していれば、家事を優先しながらフルタイム職をつづけられる可能性があるからだ。 まず拡大家族内の別の女性が育児を担うケースがあるが、 総務庁「国勢調査」[6: 254] [7: 308] から試算した結果では、 この効果による  If  の変動は無視できる程度(20年間で -.007)である。 このほか保育所などによる育児の外部化や育児休業のような制度は 時代とともに発達してきたと考えれば、その割にはフルタイム・長期型就業は増えていないといえる。

 (以上の分析はいずれも農林業・自営業・家族従業の女性を計算からのぞいている。)


5 結論

 以上の経験的材料は MF を支持する。 現代日本社会には、 女性の職場進出を促しながら他方で職場進出の本格化を抑える仕組み  (式1, 式3の  k  であらわされる)がはたらいている。

 これは MF 理論が「資本制」と「家父長制」の第2次, 第3次の「妥協」[上野: 1: 40f.] としてとらえる現象にあたる。 しかしこうした表現は、観察した事実をただ記述しただけのものにすぎない。 背後にある仕組みを解明するのはこれからの課題である。


文献

  1. 上野 千鶴子、1985『資本制と家事労働』海鳴社。
  2. 樋口 美雄、1991『日本経済と就業行動』東洋経済新報社
  3. 田中 重人1996戦後日本における性別分業の動態」『家族社会学研究』8: 151-161, 208。
  4. 1990『現代日本の階層構造1-4』東大出版会
  5. 1995年SSM調査研究会、1996『1995年SSM調査コード・ブック』。
  6. 総理府統計局、1973『昭和45年国勢調査報告 第5巻 詳細集計結果(20%抽出集計結果)その1 全国編 第2部』日本統計協会
  7. 総務庁統計局1992『平成2年国勢調査報告 第3巻 第2次基本集計結果 その1 全国編』日本統計協会

本研究は1995年SSM調査研究の一環である; データ使用と結果発表にあたり同研究会の許可を得た。 また本研究は1997年度文部省科学研究費補助金(特別研究員奨励費)による研究成果の一部である。
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(C) 田中重人
この論文は第7回日本家族社会学会大会 (1997年7月24日:東京, 早稲田大学国際会議場)で報告する予定のものです ご意見・ご批判をいただければ幸いです。 なお、論文の全部または一部を著者の許可なく転載・配布することを禁じます。

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田中 重人 (tsigeto(AT)nik.sal.tohoku.ac.jp)

Created: 1997-06-16. Updated: 2002-10-03.

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