田中 重人 <http://tsigeto.info/16z>第61回数理社会学会大会 (於 上智大学) 当日配布資料 (2016-03-17)
(東北大学)
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【報告要旨訂正】
【概要】 International Fertility Decision-making study (IFDMS; 「スターティング・ファミリーズ」(Starting Families) 調査と呼ばれることもある) は、Cardiff 大学の Jackey Boivin 教授を中心とする研究グループが、イギリス経済社会研究会議 (ESRC) や Merck-Serono (製薬会社) の援助を得て2009--2010年に18か国を対象に12言語でおこなった国際比較調査である。 IFDMSは、日本の妊娠・出産の知識レベルは世界にくらべて低い、という主張の根拠として専門家・マスメディア・政府によって使われてきた結果、日本の世論と政策形成に大きな影響をあたえる存在になっている。本報告では、このIFDMS調査の問題について、(1) 調査票 (の翻訳)、(2) 質問作成過程、(3) 分析、(4) 対象者選択、などの角度から検討する。また、様々な問題点にもかかわらず、大きな影響力をIFDMSが持つに至った過程を、(1) 研究者本人による日本政府とマスメディアへの売り込み、(2) マスメディアによるとりあげられかた、(3) 産婦人科関連学術団体による政治利用、という3つの側面から検討する。
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IFDMSの主要な情報源は、2013年に Human Reproduction 28(2):385--397 に掲載された論文 [7] である。その他の情報源として、各種記事やプレスリリース、一般向けレポートなどがある (報告要旨と資料1を参照)。
これらの情報源から得られる情報は乏しい。特に、調査票と質問文の具体的な文言については、まとまって公開されている情報がない。断片的な情報が、論文、一般向けレポート、プレスリリースなどからえられるのみである。論文 [7: 387] には、調査全体の情報については http://www.startingfamilies.org を参照せよという趣旨の指示があるが、このURLにアクセスすると、カーディフ大学のサイトにリダイレクトされるだけであり、そこには調査に関する具体的な情報はない。また、調査実施にあたって使われたサイトは http://www.startingfamilies.com であることも論文 [7] に紹介されているが、このドメインはすでに有効期限が切れ、30万円弱で売りに出されている。実際に調査に使われたサイトについては、インターネット・アーカイブ <http://web.archive.org> に調査当時 (2009年) の入口ページの記録がある。だが、そこからリンクされている各言語版調査表などの記録は残っていないので、やはり調査票の情報をえることはできない。
なお、これらの情報が論文 [7] 投稿当時からすでになかったのか、論文の査読通過・掲載決定のあと削除されたのかは不明である。
あちこちに問い合わせた結果、最終的に、担当者である Boivin 教授に電子メールで依頼し、日本語版調査票 (PDFファイル) を送ってもらった (2015年11月17日)。
調査票タイトルは「妊娠に関する意思決定調査」である。紫色を基調とした配色で、全17ページ。なお、男性票と女性票が別々のファイルになっているが、内容はほとんど同一である (たぶん3か所で文言を変えてあるだけ)。
調査票全体の構成はつぎのとおり:
今回の報告の焦点となる妊孕性知識に関する質問は、第III部にある。分量がいちばん多いのは第IV部で、不妊治療についての希望・評価、情報源、他人と議論する頻度などの質問が並んでいる。なお、実際の調査においては、社会調査会社によるウェブ版が使われているが、内容は同一である [7: 388]。
入手できたのは日本語版だけである。他の言語の調査票は入手していないため検討をおこなっていない。ただし、妊孕性知識尺度 CFKS (後述) に関しては、論文 [7] に英語版が載っているので、それと比較することができる。
全体的に、日本語の質問文/回答選択肢としておかしい (意味が通じない/曖昧である/わかりにくい) 表現が多数ある (資料2)。
「受胎能力」「妊娠してないと思われている潜在的理由」などの質問が男性票にふくまれている (資料2)。
妊娠・出産に関する知識を測定する項目群は、第III部にある (調査票6ページ下部)。「下記に受胎能力に関する文章があります。この内容を「正しい」と思われるか「間違い」と思われるか選んでください。分らない場合には「分らない」にレ印をつけてください。」という質問文ではじまる13項目である (日本語版では14項目あるのだが、最後のひとつは使われていないようである)。これらについて、正答を1点、誤答および「分らない」を0点として合計し、13で割って100を掛けた値が Cardiff Fertility Knowledge Scale (カーディフ妊孕性知識尺度) である。頭文字をとって CFKS と呼ばれている (論文 [7] 末尾)。
13項目のうち、問題がなさそうなものは、つぎの3つだけ (田中の主観的な判断による)。
これら以外の10項目は、質問の内容か日本語への翻訳かのどちらかに問題がある (資料3)。
また、英語版と日本語版では項目配列順がちがう。日本語版では、上記の喫煙の2項目の直後に「健康なライフスタイルであれば受胎能力がある」が配置されており (英語版ではその3項目後)、英語版にはないキャリーオーバー効果がかかっている。
さらに、冒頭のあいさつ文には、「質問ではすべて、あなたご自身の状況、考え、気持ちに沿った回答を選んでください。正解や誤答はありません。」(調査票2頁) と書いてある。この指示を信じて答えた協力者にとって、自分の回答から「正解」の比率がはじき出され、日本人の知識レベルは低いという議論に使われている現状は、不本意なことではあるまいか。
論文 [7:388] によると、IFDMSの調査票作成手順は以下のとおりである。
この手順通りであるとすれば、翻訳後の予備調査がおこなわれていないことになる。
また、翻訳前に質問項目を確定させてしまっている点も問題である。翻訳後に専門家が項目自体の不備を指摘しても、再検討されることはなかったのではないか。
なお、論文 [7] 第2著者の Ivan Tsibulsky (当時 Merck Serono 社員) はロシア語話者とのことである <https://www.linkedin.com/in/ivan-tsibulsky-a858a24]>。他の著者や協力者の間に使用言語の多様性がどのくらいあるかは不明。
翻訳の質が低ければ、質問そのものがわからなかったり、意味を誤解したりする回答者が出てくる。しかし、そのことは、分析にあたって考慮されていない。たとえば、CFKS算出にあたっては、誤答と「分らない」を区別せず、どちらも0点を与えて合計している。「分らない」という回答がどの言語のどの項目で多く返ってきているかを分析すれば、翻訳上の問題をある程度は識別できるだろう。だがそのような検討はおこなわれていない。特に、トルコのデータについては、クロンバックの標準化信頼係数がα=0.41と低いことを報告している [7: 387] にもかかわらず、その原因を追究したり、このデータを除いて計算するなどの手立てはとられていない。
東京都文京区が2014年におこなった「結婚・妊娠・出産・育児に関する意識調査」では、この尺度の改良版らしきものが使われている。報告書 <http://www.city.bunkyo.lg.jp/var/rev0/0107/1736/20157289331.pdf> によれば、 2014年11--12月に文京区の20--45歳の区民8000を無作為抽出しておこなわれた郵送調査で、有効回収率は26.3%だったとのことである。
文京区の上記報告書178頁では、「問11 以下は「子どもを授かる能力」に関する文章です。この文章の内容が「正しい」と思うか、それとも「まちがい」と思うかを選択してください。わからない場合には「わからない」に○をつけてください。(○はそれぞれ1つずつ)」となっており、13項目の表形式の質問が並ぶが、「※実際の調査以外で妊孕性尺度の質問項目を利用することは著作権上の制限があり、質問項目の内容を要約しています。」との注釈があり、具体的な質問文は伏せられている。
これらの項目について文京区に問い合わせたところ、これは「カーディフ妊孕性知識スケール」であり、「限定的に日本語版開発者の一人である、秋田大学大学院医学系研究科環境保健学の前田恵理先生に尺度利用の許可をいただいて、実施をしました」との回答であった。前田氏に問い合わせたところ、CFKS と同様の項目であるが、「IFDMSの日本語訳とは異なります」との回答であった。
これらの13項目について、報告書78頁の記述をもとに、CFKSと同じ方式で平均得点を算出すると、男性52.3、女性55.7となる。 IFDMS日本語版での得点 (男女とも40点弱) にくらべてかなり高く、IFDMS全体の平均 (男性46.2、女性59.1) と同等である。
なお、文京区調査では、問11以外の質問文はすべて公開されている。それらは全体的にまともな日本語になっており、IFDMSのような誤用や不自然な質問文/回答選択肢は見当たらない。
もっとも、文京区は日本全国にくらべると都市居住者が多く、学歴が高い。文京区民は全員が都市居住と考えていいだろう。また、文京区調査の報告書8頁によれば、「大学・大学院卒業」は69.6%を占める。これらは、IFDMSの日本データ [7: Supplement Data] と比較すると、それぞれ27.2ポイント、16.4ポイント高いことになる。CFKSに対するこれらの変数の効果は、論文 [7: Table 2] で報告されているところによれば、それぞれ1.6と6.0である。これらを掛け合わせて合計すると、4.1となる。つまり、文京区調査によるCFKS得点は、4ポイント程度は割り引いて考える必要がある。
一方で、文京区調査は無作為抽出によるものなので、こうした問題に関心がない人をたくさんふくんでいる。これに対して、IFDMSは、ほとんどの対象国 (日本・ロシア・中国・インド以外) で、Facebook/Google 広告や不妊治療関連サイトを通じて回答者を集めるオンライン調査を採用していた (資料1)。論文 [7: Figure 1] をみると、CFKS高得点の国は例外なくオンライン調査によっている。他方、調査会社による社会調査パネル等で対象者を集めた日本・ロシア・中国・インドはいずれも得点が低く、対象者の違いが得点に大きく影響していることが読み取れる (高橋さきの (2015) [8] による検証も参照)。特に、英語圏・西欧の女性の回答者については平均得点が65点を超えており、日本・ロシア・中国・インドの女性とは15点以上の差がある。
これらのことを考慮すれば、もし、IFDMSによる高得点国と同様の方法で対象者を集め、オンライン調査をおこなったとすると、無作為抽出による文京区調査よりもずっと点数が高くなることが予測できる。
以上検討してきたように、日本のCFKS得点が他国にくらべて相対的に低いというIFDMSの調査結果は、つぎのふたつの問題に影響を受けている。
これらの問題を是正することなく、国際比較をおこなって点数の高低を云々することに意味がないことは明白であろう。ところが、日本では、この調査結果が、あたかも信頼がおける科学的な知見であるかのようにあつかわれ、政治的な力を獲得するに至った。以下、その過程を概観しよう。
IFDMSの研究代表者であるBoivan教授は、2011年に来日し、マスメディア相手の勉強会 (2月9日) や国会内での講演 (2月10日) をおこなった (三浦天紗子 (2011)[5])。後者には、衆議院議員の野田聖子、小渕優子らが出席している。野田氏は、翌年の国会で、IFDMS結果を引用した質問主意書を提出し、「日本人の妊娠リテラシーは世界でも最低レベル」として、「生物学的な妊娠知識を向上させるため、中学、高校等の学校の「保健体育」、「生物」等の教育を改善していく」必要性について質している (野田聖子「妊娠適齢期についての教育及び若い時期に女性が働きながら産み・育てることができる社会基盤の欠如に関する質問主意書」2012年11月16日 <http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/181050.htm>)
イギリス経済社会研究会議 (ESRC) の "Impact Report" <http://www.researchcatalogue.esrc.ac.uk/grants/RES-355-25-0038/read> には、日本政府対象の活動がこの研究プロジェクトの業績として報告されている (小渕優子の内閣府特命担当大臣(少子化対策担当) 在任は2009年までであるから、肩書の表記は間違い)。
Due to important results concerning Japan, Professor Boivin presented to Yuko Obuchi, Minister for Declining Fertility at the Japanese Parliament. [p. 3] // Finally, the work has resulted in [unexpectedly] government interest in Japan and, as noted, presentation to Japanese government Ministers for fertility. [p. 5] // we are waiting to see if the dissemination activities in Japan to the Minister for fertility rates results in any policy recommendations. [p. 8]
――Boivin, J, et al. (2011) "His and Her Biological Clock: Reproductive Decision-Making and Reproductive Success in the 21st Century." ESRC Impact Report, RES-355-25-0038. <https://s3-eu-west-1.amazonaws.com/esrc-files/outputs/FnE03MQ0rU-NmS52pZXMCQ/lS__x1_-JUeB3Tkkjxq9iw.pdf>
このような記述があるのは日本についてだけである。他の諸国は、こうした政治活動のターゲットにならなかったようだ。
政府へのロビー活動の一方で、一般向けに大きい影響力を持ったのが、2012年6月23日放送のNHKスペシャル「産みたいのに産めない: 卵子老化の衝撃」(2012年6月23日) である。番組中では取材班がカーディフ大学を訪れ、Boivin教授にインタビューしている。ただし、調査票の具体的な内容は、番組中にはあまりでてこない
一方、この番組を元に編まれた書籍『産みたいのに産めない: 卵子老化の衝撃』[6] では、CFKSを構成する質問項目がいくつか引用されている。これらの項目には、下記のように改変が施されている [6: 136--137]。
〔文末に助詞「か」をつけて疑問文にすることで焦点が述部に移り、「落ちるかどうか」を問う文になるため、文全体の命題の当否を問う質問文とはちがう含意になる〕
〔本来は近年の生殖医学の成果が誇大宣伝されてきたことに関する質問であるのに、「今日では」を削ってしまうと、加齢にともなう妊孕力低下という普遍的現象についての知識を問うているようにみえる〕
〔日本語としておかしい質問文であるが、鍵カッコなしでパラフレーズして、違和感のない表現にしている〕
〔性病にかかると必ず受胎能力が減少するのか? という疑問を抱かせる質問文であるが、鍵カッコなしでパラフレーズして、疑問を感じにくい表現にしている〕
このように、読者が違和感をおぼえないよう、また著者のえがくストーリーに沿って理解に導かれるよう、周到に編集されている。NHKの書籍では、これらの結果をもとに、「この調査で、日本人の男女は妊娠についての知識が極めて乏しいことが明らかになった。」[6: 136] としていた。
第3に、産婦人科関連の学会や専門家団体が、このIFDMS調査の結果を利用して政治宣伝を展開してきた。
たとえば日本産婦人科医会ではマスメディア関係者との「懇談会」を毎月開催してきているが、そこに、この調査結果を提示して「日本の妊娠・出産の知識レベルは低い」と主張するものが散見される (http://www.jaog.or.jp/all/conference/) 。
『日本産婦人科医会会報』の2015年6月号冒頭記事では、会長である木下勝之氏が、IFDMS調査を引用したうえで、つぎのような主張を展開した。要するに、産婦人科業界が学校教育への食い込みを図る口実として利用しているわけである。
これからの学校保健の学校医として、産婦人科医を積極的に登用して、健康な妊娠・出産・育児の知識を植え付け、子どもたちへの適切な性教育、さらには、性教育に最も適切な位置にある母親にどのような仕方で性教育をしていくかの具体的内容づくりも、産婦人科医の学校医の役割として、全国組織である日本産婦人科医会は協力する姿勢でいる。
――木下勝之「児童・生徒に対する適切な妊娠・出産・育児の学校教育の充実を: 新しいいのちの誕生のために」『日本産婦人科医会会報』776 [67(6)]: 1--2. (学校保健会『学校保健』312: 10-11 <http://www.hokenkai.or.jp/kaiho/pdf/0097_312.pdf> の同名記事の転載)
2015年3月には、日本産科婦人科学会、日本産婦人科医会、日本生殖医学会、日本母性衛生学会、日本周産期・新生児医学会、日本婦人科腫瘍学会、日本女性医学学会、日本思春期学会、日本家族計画協会の9団体が「学校教育における健康教育の改善に関する要望書」を共同で有村治子内閣府特命担当大臣 (当時) に提出した。この要望書においても、参考資料として、IFDMS論文 [7] Figure 1 のコピーが添付され、「妊娠・出産の知識レベルが、日本は世界に比べて低い水準にある」から、「医学的に正しい知識を、教育課程の中で提供していくことが、人々の希望の実現に不可欠」という主張の根拠として使われている (日本家族計画協会『家族と健康』2015年3月号 [4])。
政府内では、2013年に開かれた「少子化危機突破タスクフォース」会議の資料にIFDMSによる調査結果の図がある [10]。この際の議論をもとにいわゆる「女性手帳」の創設が検討されたが、世論の反発が大きく、中止された。
2014年12月12日の「新たな少子化社会対策大綱策定のための検討会」第3回会合においては、おなじグラフに「日本はトルコの次に知識が低い」などと赤字で書き加えた資料が使われている <http://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/meeting/taikou/k_3/pdf/s2-1.pdf> 。
このような議論を経て、2015年3月20日閣議決定された「少子化社会対策大綱〜結婚、妊娠、子供・子育てに温かい社会の実現をめざして」[11] は、「きめ細かな少子化対策の推進」として「妊娠や出産などに関する医学的・科学的に正しい知識について、学校教育から家庭、地域、社会人段階に至るまで、教育や情報提供に係る取組を充実させる。特に、学校教育において、正しい知識を教材に盛り込む取組などを進める」という課題を掲げた。これに対応する数値目標を設定する「別添2」の資料では、「妊娠・出産に関する医学的・科学的に正しい知識についての理解の割合」が2009年には34%であったものを2020年までに70%まで引き上げる、となっている。この「2009年には34%」という数値の根拠として引用されているのが、論文 [7] なのである。
以上の経過をみると、IFDMSの調査結果が日本社会で受容されてきた過程には、3つの特徴があることがわかる。
IFDMSの調査結果は、2011年のヨーロッパ生殖学会 (European Society of Human Reproduction and Embryology) 大会で報告された。論文 [7] は2012年に同学会の雑誌 Human Reproduction に投稿され、掲載決定している (2012年11月にオンライン版が出ているが、正式公開は2013年1月15日)。研究内容は、ここまでみてきたように、日本の社会科学系学会などでの報告であれば、調査の致命的な欠点を指摘されるか、単に無視されて終わりだったはずのものである。ところが、社会調査の方法論や日本語訳の精度などに興味を持つ人がいない場所では、学術的な研究成果として通ってしまう。
そして、そのような学会/雑誌での評価が、そのまま科学的な妥当性を裏書きする権威づけの機能を果たしてきた。本来は、ヨーロッパ基盤の生殖医学の学会に、日本における社会調査の妥当性の保証などできないはずである。しかし専門分野間のそのような分業の実態は、学問の世界の外側ではほとんど意識されていない。どんな分野の雑誌であろうと、学術雑誌に載った論文は、学界のお墨付きをえた「科学的知識」としてあつかわれることになる。
また、調査や研究成果に関する正式の情報が乏しく、それもほとんど英語でしか提供されていない。そのため、疑問を持った人がいたとしても、批判のための資料を集めるのは大変である。また、日本語で引用する際に、(上でみたNHK書籍『産みたいのに産めない』[6] の質問文のあつかいのように) さまざまなカムフラージュが施され、そもそも読者が直感的な疑問を持たないよう細工されている。
そして、国内の産婦人科/生殖医学系の学術団体が、学校教育への介入をめざした政治活動を続けてきたこと。日本の知識レベルが低いというデータは、その政治目的にとってちょうど都合のよいものであった。科学的根拠の薄弱さなど、彼らにとってはどうでもよいことだっただろう。
現在の環境では、ある程度の研究費を確保しさえすれば、翻訳業者と調査会社に丸投げして、インターネットを利用した「国際比較調査」を簡単におこなえる。そこで出た適当な調査結果を対象国の政府・メディア・学会に売り込んだ場合、学問的なチェックを受けることなく、特定の政治的主張の科学的根拠として通用してしまうことが起こりうるのである。このような調査結果は、対象国の政府や学会にとっては自らの政治的主張を正当化する「科学的」根拠として利用価値がある。一方、当の研究者にとっても、その調査プロジェクトの「社会的インパクト」としての評価をえられるメリットがある。
日本においても、それ以外の社会においても、今後、同様の事態が多発する可能性がある。それを防ぐためには、学際的・国際的な視野に立って社会調査の濫用を監視する仕組みが必要となる。 IFDMSをめぐる一連の問題は、ボーダレス時代に対応した社会調査研究の質保証という新しい課題を提起しているのである。
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