濫用される国際比較調査と日本の世論形成

International Fertility Decision-making Survey と少子化社会対策大綱
田中 重人 <http://tsigeto.info/16z>
(東北大学)
第61回数理社会学会大会 (於 上智大学) 報告アウトライン (2016-03-17)
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以下、スライド用アウトライン

//から始まる行はコメントあるいは発言内容です。スライドには出ません。

[スライド (PDF)]

自己紹介、IFDMS 説明、全体構造 【2分】

報告要旨訂正

副題: International... Survey Study
1頁9行目: 5月30日 の「NHKスペシャル」→ 6月23日
3頁「文献」8行前: (に「日本はトルコの次に知識が低い」などと書き加えたもの) → 削除

IFDMS とは

International Fertility Decision-making study

Starting Families 調査とも (資料1)

少子化社会対策大綱 (2015)

きめ細かな少子化対策の推進: 妊娠や出産など……教育や情報提供……
学校教育において、正しい知識を教材に

http://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/law/taikou2.html

//2015年3月20日閣議決定。「少子化社会対策大綱〜結婚、妊娠、子供・子育てに温かい社会の実現をめざして」 //「きめ細かな少子化対策の推進」として「妊娠や出産などに関する医学的・科学的に正しい知識について、学校教育から家庭、地域、社会人段階に至るまで、教育や情報提供に係る取組を充実させる。特に、学校教育において、正しい知識を教材に盛り込む取組などを進める」という課題を掲げている。

数値目標

少子化社会対策大綱 別添2

「妊娠・出産に関する医学的・科学的に正しい知識についての理解の割合」

2009年に 34%

2020年までに70%に

http://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/law/pdf/shoushika_taikou2_b2.pdf

//これに対応する数値目標を設定する「別添2」の資料によると、「妊娠・出産に関する医学的・科学的に正しい知識についての理解の割合」が2009年には34%であったものを2020年までに70%まで引き上げる、とのことである。

審議過程の資料

新たな少子化社会対策大綱策定のための検討会 (第3回 2014年12月12日) 斎藤英和委員提出資料 (資料2 妊娠適齢期を意識したライフプランニング) http://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/meeting/taikou/k_3/pdf/s2-1.pdf

報告内容

IFDMS調査の問題点

世論形成

//【ここまで2分】

IFDMS の諸問題 【8分】

論文情報

Bunting L., Tsibulsky I, and Boivin J (2013) "Fertility knowledge and beliefs about fertility treatment: findings from the International Fertility Decision-making Study". Human Reproduction. 28(2): 385--397 DOI:10.1093/humrep/des402

その他の情報源は報告要旨と資料を参照

問題点 (1) 対象者

対象18か国中…

日本とロシア: 調査会社による社会調査パネル
インドと中国: 社会調査パネル + クリニックでの配布
その他: オンライン調査 (Google/Facebook 広告、不妊関連サイト)

高橋 さきの (2015)「「妊娠しやすさ」グラフはいかにして高校保健・副教材になったのか」SYNODOS. 2015.09.14 http://synodos.jp/education/15125

対象者+言語による差?

//グラフ {DOI:10.1093/humrep/des402} Fig. 1

情報はどこに?

論文、報告書等に記載なし (資料1)
http://www.startingfamilies.org 転送先に情報なし
http://www.startingfamilies.com 期限切れ

//【ここまで4分】

www.startingfamilies.org 転送先画面

// http://www.startingfamilies.org →カーディフ大学サイトにリダイレクトされるが、そこには調査の情報は何もない

オンライン調査画面 (入口)

http://web.archive.org/web/20090712035823/http://www.startingfamilies.com/ インターネット・アーカイブにある2009年調査実施当時の記録

日本語版調査票

Boivin 教授から直接入手 (PDF) //多方面から手を回してしつこく請求 //回している資料を参照

全17ページ 64項目
最後まで答えないと有効票にならない
男女別だが、内容はほとんど同一

調査票全体の構成

I: 背景
II: 親となること
III: 受精および妊娠の試み
IV: 不妊治療関連意識
V: 社会状況・健康・態度等

//問題のCFKSは第III部にある // 【ここまで5分】

問題点 (2) おかしな日本語

//いろいろある //回してる資料を参照

妊娠とは受胎能力、つまり女性が妊娠し、男性が父親になる能力を意味します

年制大学〔最終学歴の選択肢〕

親になることを決定した時、以下の要素はどのくらい影響を与えましたか。
……教育/トレーニングを終了したい

推奨されれば、私の共同体の大多数は不妊治療を (何度でも) 私達にしてもらいたいのではないかと思う〔8ページ前に「(共同体とは友人、同僚、隣人を指します)」という注釈あり〕
〔「共同体」をふくむ同様の質問文多数〕

あたなと配偶者が子供をもうけようという試みを始める前の6ヶ月間に喫煙しましたか?

男性票の項目

//日本語の問題ではないが、男性向けにこういう質問が。 //調査票は男女別だが、内容はほとんど同一。

あなたご自身はどのくらい受胎能力があると思いますか?

ご自身がまだ妊娠してないと思われている潜在的理由……
私が妊娠してないのは……私が過去に行なった (又は、行なわなかった) ことが理由

//問題の「妊娠・出産の知識」を測るCFKS項目はこの直後 //【ここまで6分】

問題点 (3) CFKS

Cardiff Fertility Knowledge Scale

//「カーディフ妊孕性知識尺度」 //頭文字をとってCFKS

13項目の合計 (報告要旨末尾)

正答 →1点
誤答 → 0点
「分らない」→ 0点

質問がわかりにくいと点数が下がる

// 【ここまで7分】

CFKS日本語版の問題点

避妊法を用いずに 1年間 定期的に性交をして妊娠しない場合に、夫婦は不妊であると分類される

A couple would be classified as infertile if they did not achieve a pregnancy after 1 year of regular sexual intercourse (without using contraception).

国によって基準がちがう

女性が 13キロ以上太りすぎ ていると 妊娠できないかもしれない

If a woman is overweight by more than 2 stone (13 kg or 28 pounds) then she may not be able to get pregnant.

女性は36才を 過ぎると 受胎能力が 落ちる

A woman is less fertile after the age of 36 years.

月経が無い女性でも受胎能力がある

A woman who never menstruates is still fertile.

夫婦10組のうち約1組は不妊である

About 1 in 10 couples are infertile.

分子/分母は?

健康なライフスタイル であれば 受胎能力がある

Having a healthy lifestyle makes you fertile.

男性が 精子 を産生するなら 授精能力がある

If a man produces sperm he is fertile .

男性が思春期後におたふくかぜに罹った場合には、後で授精能力の問題につながる 可能性が高い

If a man has had mumps after puberty he is more likely to later have a fertility problem.

性病に罹ったことのある人は受胎能力が 減少する

People who have had a sexually transmitted disease are likely to have reduced fertility.

男性が勃起できることは、授精能力があることを 示す

If a man can achieve an erection then it is an indication that he is fertile.

問題なさそうなもの

喫煙は女性の受胎能力を低減する

喫煙は男性の授精能力を低減する

今日では40代の女性でも30代の女性と同じくらい妊娠する可能性がある

//【ここまで8分】

キャリーオーバー

(3) 喫煙は女性の受胎能力を低減する

(4) 喫煙は男性の授精能力を低減する

(5) 健康なライフスタイルであれば受胎能力がある 〔英語版では8番目〕

問題点 (4) 調査票作成過程

英語で作成 →予備調査
翻訳 →地元専門家がチェック
調査実施

比較困難な項目も再考されない

英語以外は予備調査なし

CFKS問題点 (5) 分析

誤答と「分らない」の区別なし
項目別の検討なし
言語別の検討なし
αの最小値0.41 (トルコ)

//【ここまで10分】

改良するとどうなるか

文京区「結婚・妊娠・出産・育児に関する意識調査」

2014年11--12月、郵送調査
20--45歳の区民8000を無作為抽出
回収率26.3%

http://www.city.bunkyo.lg.jp/kyoiku/shussan/ninshinshussan/_18818/isikityousa.html

文京区調査の13項目

「カーディフ妊孕性知識スケール」(非公開)

CFKS 英語版配列と同じ
IFDMSと同一ではない (前田恵理)
調査全体的にまともな日本語
男性52.3%、女性55.7%

http://www.city.bunkyo.lg.jp/var/rev0/0107/1736/20157289331.pdf および文京区、前田氏への問い合わせによる

//グラフ

IFDMS 問題点まとめ

対象者のちがい
調査票作成
翻訳
分析
わかってないはずはない

//【ここまで11分】

濫用の過程 【5分】

研究者自身の売り込み

2011年来日

//三浦天紗子 (2011) http://www.ninkatsu.net/jp/info/0003.html

記者勉強会 (2月9日)
国会内講演 (2月10日): 野田聖子、小渕優子ら出席

ESRC への Impact Report http://www.researchcatalogue.esrc.ac.uk/grants/RES-355-25-0038/read

//イギリス経済社会研究会議への報告でも、日本政府対象の活動が「業績」として報告されている。 // https://s3-eu-west-1.amazonaws.com/esrc-files/outputs/FnE03MQ0rU-NmS52pZXMCQ/lS__x1_-JUeB3Tkkjxq9iw.pdf //Due to important results concerning Japan, Professor Boivin presented to Yuko Obuchi, Minister for Declining Fertility at the Japanese Parliament. [p. 3] //Finally, the work has resulted in [unexpectedly] government interest in Japan and, as noted, presentation to Japanese government Ministers for fertility. [p. 5] //we are waiting to see if the dissemination activities in Japan to the Minister for fertility rates results in any policy recommendations. [p. 8]

//幸いなことに、対象になっているのは日本だけか。

//【ここまで12分】

NHKスペシャル (2012年6月23日)

//政府へのロビー活動の一方で、一般向けに大きい影響力を持ったのが、2012年6月のNHKスペシャル

産みたいのに産めない: 卵子老化の衝撃」

Boivin教授インタビュー

//イギリスまで行ってインタビューしているが、番組では、調査票の具体的な内容はあまりでてこない

(以下は書籍から)

この調査で、日本人の男女は妊娠についての知識が極めて乏しいことが明らかになった。

//文末に助詞「か」をつけて疑問文にするだけで、焦点が述部に移動 //→「落ちるかどうか」のところに焦点がある問いになるため、文全体の命題の当否を問う質問文とはちがう

女性は36才を過ぎると受胎能力が落ちる

「女性は三十六歳を過ぎると受胎能力が落ちる

//本来は生殖医学の誇大広告の効果を測る質問であるのに、 //「今日では」を削ることで、加齢に伴う妊孕力の減少という普遍的現象についての知識を問うているように見える

今日では 40代の女性でも30代の女性と同じくらい妊娠する可能性がある

「四十代の女性でも三十代の女性と同じくらい妊娠する可能性がある か否か

//日本語として明らかにおかしい項目は、鍵カッコなしでパラフレーズ

女性が13キロ以上太りすぎていると妊娠できないかもしれない

女性の肥満が不妊を招くことを正しく答えられた人は二一パーセント。

//これもそう

性病に罹ったことのある人は受胎能力が減少する

性感染症が不妊の原因となると答えられた人も二五パーセント

//【ここまで13分】

産婦人科関連団体

//第3に、国内の専門家が、政治的に利用

//日本産婦人科医会ではマスコミ関係者との「懇談会」を毎月開催 // http://www.jaog.or.jp/all/conference/

栗林靖 (2014年9月10日) 記者懇談会「産婦人科医からの少子化に対する警告」 http://www.jaog.or.jp/all/document/79_140910.pdf

安達知子 (2015年7月8日) 記者懇談会 (日本記者クラブ) 「性教育 15歳以下の望まない妊娠・出産ゼロを目指す」 http://www.jaog.or.jp/all/document/89_150708ta.pdf

木下勝之 (日本産婦人科医会会長) (2015)

//何を狙っているのか?

学校医として、産婦人科医を積極的に登用して、健康な妊娠・出産・育児の知識を植え付け、子どもたちへの適切な性教育、さらには、性教育に最も適切な位置にある母親にどのような仕方で性教育をしていくか

木下勝之「児童・生徒に対する適切な妊娠・出産・育児の学校教育の充実を: 新しいいのちの誕生のために」『日本産婦人科医会会報』776 [67(6)]: 1--2. http://www.hokenkai.or.jp/kaiho/pdf/0097_312.pdf からの転載

//産婦人科の職域拡大 //「健康な妊娠・出産・育児の知識を植え付け」

学校教育における健康教育の改善に関する要望書

//紙面コピー // http://web.archive.org/web/20150826040308/http://www.jfpa.or.jp/paper/main/000430.html

日本家族計画協会 (2015) //「本会・日本産科婦人科学会など9団体 学校教育の改善求め要望書提出」『家族と健康』732: 1. //{ncid:AA1151359X}

//日本産婦人科医会のほか、日本産科婦人科学会、日本生殖医学会などの9団体が要望書を提出 //附属資料に、このIFDMS論文からのグラフのコピーが、「妊娠・出産に関する知識レベルが、日本は世界各国に比べ低い水準にある」ことの論拠として使われる。 //これを受けて「少子化社会対策大綱」が作られ、さらに高校副教材に「妊娠のしやすさ」グラフなどが掲載。→改竄グラフとして問題に

//【ここまで14分】

ボーダレス時代の社会調査濫用

//私たちはなぜ気づかなかったのか。 //もし日本社会学会などでの報告なら、無視されて終わりのはずだが。

海外の自然科学系学会で権威付け
言語の壁
学術団体の政治利用

//産婦人科/生殖医学の学会に社会調査の妥当性の保証などできないはずだが、実際には「科学的知識」としてまかり通っている。

//研究費を確保すれば、翻訳者と調査会社に丸投げで「国際比較調査」ができてしまう。 //対象国の政府・メディア・学会が健全でなければ、特定の政治的主張の科学的根拠として通用してしまう。 //研究者にとっても、研究の「社会的インパクト」として評価される。


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IFDMSについての説明 (ブログ記事)

関連するサイトとページ:


東北大学 / 文学部 / 日本語教育学 / 田中重人


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