[SSM survey] [Tanaka's research]

職域分離の力学

女性のホワイトカラー化がもたらしたもの

(第70回日本社会学会大会 1997.11.8-9 千葉大学)

田中重人 (大阪大学人間科学部)
(tsigeto(AT)nik.sal.tohoku.ac.jp)

 女性労働研究者の間でよく知られた経験的事実に、女性のホワイトカラー化は専業主婦化を促進する、 というのがある [Claudia Goldin: 1: 61-90]。 現代日本社会もその例外ではなく、 ホワイトカラー的職業(事務・販売職)に就く女性の結婚・出産退職率が高いことを 小島宏 [2: 61-87] や 田中 [3] が確かめている。 ホワイトカラー的職種の賃金・労働条件の高さと それにともなう就業継続への誘因の強さ [Goldin: 1: 83f.] を打ち消す強力なメカニズムが作動しているのだ。

 表1に示したのは、 95年SSM調査 [5] A票女性データの分析結果である。 これによると「初職ホワイト」変数は、フルタイム継続に対してマイナスの効果をもっている。 標本抽出にともなう誤差があるので、ホワイトカラー女性の継続率が ブルーカラー女性より低いといいきるわけにはいかないけれども、すくなくとも ホワイトカラー的職業が女性の就業継続を促進しないことはあきらかだ。

 本報告では性別職域分離論 [Reskin: 6] を応用してこの問題に答えることを試みる。


表1 フルタイム継続のロジスティック回帰分析 (1995 SSM 調査 A票女性)
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説明変数             モデルA     |     モデルB    |    モデルC
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(定数項)         -1.386 (0.219) | -0.290 (0.634) | -0.251 (0.636)
初職ホワイト(事務・販売) -0.302 (0.269) |                | -0.186 (0.276)
結婚相手の職業威信                   | -0.019 (0.014) | -0.018 (0.014)
結婚相手の従業先規模                  | -0.070 (0.048) | -0.068 (0.048)
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-2 log L                     402.068     |     397.917    |     397.470
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 職域分離を「公式」「非公式」の2種に区分する。 公式分離とは企業の雇用管理によって決まる職域分離であり、典型的には職種による分離のかたちをとる。 対する非公式分離とは日常的な業務遂行のなかで決まり、維持される職域分離をいう。

 こう考えることで、これまで「職域分離」として一括して扱われてきた現象のなかに、 ちがった側面を区別できる。 Brinton [7] や木本 [8] は職場のなかで 女性が性別役割に沿って社会化されていく過程を分析しているが、彼らによれば、 これは職種が男女でわかれていることによるのではなく、 逆に職種がわかれていない状況で仕事の分担や評価に男女差があることによるのだという。 彼らの意見をまとめるとつぎのような命題が導き出せる。

【非公式分離による結婚・出産退職傾向の強化】
非公式分離はその職場に働く女性の結婚・出産退職傾向を強める。 この効果は公式分離による効果よりも大きい。

 つぎに問題なのは、公式分離と非公式分離との関係だ。 職場のなかでの公式・非公式の職域分離を観察した Cockburn [9] や Konno [10] によると、公式分離が弱まると非公式分離が弱くなるわけではなく、 逆にその分だけ非公式分離が強くなるのだという。 彼らの意見は、つぎの命題にまとめることができよう。

【公式分離と非公式分離の代替関係】
公式分離が弱まれば非公式分離が強まる。

 現代日本社会においては、公式の性別職域分離は弱まる方向に動いているのが基本的な流れといえる。 その流れを代表しているのが、 かつて男性が独占していたホワイトカラー職に女性が大量に参入するという現象だった。 公式分離のこのような弱体化傾向は、一面では女性の職業的地位を引き上げ、性別格差を縮小させる効果を持つ。 しかし他面で、公式分離が非公式分離に置き換えられることによって ライフコースの男女差がかえって明確化し、結果として性別格差が拡大してきた可能性を指摘できるのである。


文献

  1. T. P. Schultz(編)、 1995『Investment in Women's Human CapitalUniv. of Chicago Press
  2. 人口・世帯研究会(大淵寛 編)、 1995『女性のライフサイクルと就業行動』大蔵省印刷局。
  3. 田中 重人1996職業構造と女性の労働市場定着性」 『ソシオロジ』126(41-1): 69-85, 132。
  4. 田中 重人1996戦後日本における性別分業の動態」『家族社会学研究』8: 151-161, 208。
  5. 1995年SSM調査研究会、1996『1995年SSM調査コード・ブック』。
  6. B. Reskin、1993Sex Segregation in the Workplace」 『Annual Review of Sociology』19: 241。
  7. Mary C. Brinton、1993Women and the Economic Miracle』 University of California Press。
  8. 木本 喜美子、1995「性別職務分離と女性労働者」 『日本労働社会学会年報』6: 23-49。
  9. Cynthia Cockburn、1991In the Way of Women』ILR Press。
  10. Minako Konno、1995 「Japanese White-Collar Women and the Genderd Workplace: perspectives, experiences and careers」 (Master thesis, University of Pennsylvania)。

〔本研究は1995年SSM調査研究の一環である; データの使用と結果の発表にあたって同研究会の許可を得た。 また本研究は1997年度 文部省 科学研究費補助金(特別研究員奨励費)による研究成果の一部である。〕
(C) Tanaka Sigeto
この論文は第70回日本社会学会大会 (1997年11月8,9日: 千葉大学) で報告する予定のものです ご意見・ご批判をいただければ幸いです。 なお、論文の全部または一部を著者の許可なく転載・配布することを禁じます。

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田中 重人 (tsigeto(AT)nik.sal.tohoku.ac.jp)

Created: 1997-07-05. Updated: 2002-10-03.

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