田中 重人 (TANAKA Sigeto) (tsigeto(AT)nik.sal.tohoku.ac.jp)
大阪大学大学院人間科学研究科 に博士論文として提出 (1999年10月5日提出)。
1999年11月6日公聴会 (大阪大学人間科学部ユメンヌ・ホール)。 1999年11月25日審査終了。 2000年1月4日学位授与。 2000年3月24日学位授与式。 2000年4月24日 関西学院大学出版会 と出版契約締結。
A4版、vi + 106頁。
国立情報学研究所 目録所在情報サービス (NACSIS-CAT) 番号 (NCID): BA45965943
「男は仕事、女は家庭」という性別分業が現代日本社会においてどんな趨勢を見せているのか、 また変容のための条件はなにかを探る。
第1章では性別分業の変革を目標に掲げる既存のロジックを検討し、 それらが有効に機能してこなかったこととその原因について論じる。 性別分業の変革をめざす勢力がとってきた戦略は、 性別による固定的な役割から人々を解放しようとする「啓蒙」と、 労働市場における性別格差をなくすことで性別分業の経済的基盤をくずそうとする「雇用平等化」である。 だがどちらの戦略も、啓蒙や平等というサブゴールは達成してきたものの、 最終的なゴールである性別分業の変革には成功していない。 性別役割意識の形成過程における隠蔽のメカニズムや配偶者選択の過程における性別役割バイアスのため、 これらの戦略はじゅうぶんに効果を発揮できないのだ。 性別分業の変容を引き起こすためには、これらの既存戦略のロジックでは不十分なので、 第3の戦略を模索する必要がある。 そのためには、まず性別分業の長期的な趨勢とその背後の構造を計量的に把握しないといけない。
第2章では、世帯内の労働配分を数学的に定式化することにより、性別分業の強さを測定することを試みる。 これまで性別分業に関連する指標としては女性の市場労働と男性の家事労働の2種類があつかわれてきたが、 それらを統一的に評価するための統合の試みはなされてこなかった。 樋口恵子による「新・性別役割分業」など、従来の性別分業とちがう新しい分業原理の出現を説く議論もあるが、 それらは概念的に整理されていない。 世帯内の労働配分の形態を数理的な手法で定式化して示すことにより、 これまで提出されてきた概念の統合をはかる。
女性の市場労働と男性の家事労働はどちらも性別分業原理からの逸脱といいうるが、 その量は、家事/市場労働と男女の労働の不均衡に起因する「一方的逸脱」量と、 男女の間で労働が交換されて起こる「交換型逸脱」量に分解できる。 これらは社会移動論における「強制移動」「純粋移動」と数学的におなじかたちをしているので、 おなじ手順で定式化できる。 安田三郎による開放性の概念を援用して「世帯内労働配分の開放性係数」が計算できることを示し、 性別分業の強さをあらわす指標として提示する。 そして、 NHK 「国民生活時間調査」の時系列データから開放性係数の推移を求め、 1960年以降性別分業の強さはほぼ一定で変化していないことを示す。
また、開放性係数と女性の市場労働との関係を数理的に解くことにより、 いわゆる女性の職場進出のうち、性別分業の変動と関係するのは、 家事負担の重い時期の長時間の職場進出であることを示す。 実際にはこれは育児期のフルタイム就業をとりあげることになるので、 労働研究の分野の女性のキャリア研究との接点を提供できる。
第3章では、女性労働研究でおこなわれてきた「職場進出」の趨勢分析を、性別分業論の立場から再構成する。 従来の研究で定番の指標として使われてきた女性就業率は、自営・農林層をふくんでいることと、 パートタイムをふくんでいることという2つの欠点を抱えている。 これらの欠点のため、従来の研究では性別分業の変動と女性の職場進出の関連について、 たがいに対立する「主婦化」説と「職場進出」説が共存してきた。 この章では、従来の指標に代わって、自営・農林層をのぞき、フルタイムだけを取り出した代替指標を提示する。 戦後日本の女性就業率の変動をこの指標を使って読み直した結果、 職場進出説の主張があたっていることを確認した。 ただ職場進出は一貫して進んできたわけではなく、 高度成長前期までと低成長期以降の2回にわかれて職場進出の時期があったのである。 前者はフルタイム雇用主導だが、後者はパートタイム雇用主導であった。
この章ではまた、いわゆるM字型曲線を使って議論されてきた、ライフコース上の育児シフトについて論じる。 家事が大幅に省力化・外部化された現代では、家事労働の領域がかなり縮小し、 職業と家事の両立が簡単になってきた。 しかし育児に関しては省力化・外部化があまり進まず、大きな負担を要する領域でありつづけてきた。 このため育児期にはほかのライフステージとはちがう労働配分すなわち「育児シフト」が必要になる。 この育児シフトが女性のキャリアにどれだけ影響をあたえているかをあらわす データとしてM字型曲線が使われるのだが、M字型曲線の形状を総合的に把握するアプローチが主流であり、 ひとつの指標として提示する試みは少ない。 本章では、 田中かず子や 今田幸子による先駆的な研究を参考に、職業経歴データを使って、 「女性のフルタイム継続率」という指標を作成する。 1985年および1995年の「社会階層と社会移動」全国調査による職業経歴分析の結果、 戦後日本社会においては、フルタイム継続率は2割程度で一定しており、変動していないことがわかった。 高度成長前期までのフルタイム雇用の伸びは未婚女性の職場進出によるもの、 低成長期以降の職場進出は育児終了後の再就職者の増加によるものであって、 育児期にフルタイム雇用を継続する女性が増えてきたわけではない。
第4章では、性別分業の背後にある労働市場構造の変貌をあつかう。 新古典派経済学の枠組では、性別分業がおこなわれるのは、男性が市場労働に、 女性が家事労働に相対的な優位性を持っているからだと考える。 しかし現実の経済は新古典派経済学が考えるような無構造なものではない。 男性と女性のキャリアは性別によって構造化された労働市場のなかにあるのであり、 性別分業の問題は夫婦のキャリア選択の問題だと考えることができる。
家事責任を負わずに仕事に全力投入する働きかたを「標準的」キャリア、 家事責任を負ってそのために仕事に割く労力を調整しながら働く働きかたを「家事優先型」キャリアとよぶ。 標準的キャリアにおいて男女それぞれが受け取る賃金を M1 と F1 で、 家事優先型キャリアにおいて男女それぞれが受け取る賃金を M2 と F2 であらわす。 夫婦のキャリア選択は、家事責任を引き受けることの機会費用 M1-M2 と F1-F2 との比較で決まる。
労働省 「賃金構造統計基本調査」の公表データから、この機会費用を推定する。 高卒者のデータを使い、標準的キャリアの場合は学校卒業から定年まで同一企業で勤める標準労働者になり、 家事優先型キャリアをとる場合は育児シフトの期間は無職になってその後再就職するという仮定の下で、 所定内給与の平均額を使って両者の差を計算する。 1970年代後半までは、機会費用は女性のほうが低く、格差も大きかったから、 性別分業型の選択が合理的であった。 1980年代以降格差は縮小し、現在では男女の機会費用はかなり接近してきている。 こうして性別分業は経済合理性の基盤を失ってきた。
終章では、男女の機会費用の接近がどのような効果をもたらすかについて論じる。 共働きを前提とし、しかも再就職時の雇用機会が性別によって構造化されている状況では、 夫婦のどちらが育児シフトを引き受けるのが合理的かは、稼得能力の絶対的な高さではなく、 キャリアの柔軟性で決まる。 稼得能力の点では夫婦は非対称であるが、キャリアの柔軟性に関してはより対称的である。 結婚相手の選択の基準とキャリアの柔軟性とは独立した要因だからだ。 人々がキャリアの柔軟性を考慮して夫婦間の労働配分のパターンを決めるようになれば、 性別分業は大きく変わる可能性がある。 「啓蒙」「雇用平等化」にかわる性別分業変革の第3の戦略として、 このような夫婦単位のキャリア選択を支援するシステムをつくることを提言する。
[ ] 内の数字はページです。
おなじ原版で作成したソフトカバーのものは、研究関心の近い研究者と研究機関・図書館等に寄贈しました。 所蔵を確認したか受領の通知をいただいた図書館等はつぎのところです (2002-04-15 現在)。
論文は LaTeX で執筆したのですが、そのあと PostScript や PDF 形式に変換したものもつくりました。
EPS形式の画像をPDF変換できるかたちに変換したときに図の縦横比がかわってしまったため、 図の出てくるページのレイアウトが微妙にかわっていますが、 それ以外は提出版と寸分たがわない出力がえられるはずです。 もちろん文章はまったく同一です。
このヴァージョンは 関西学院大学出版会学位論文データベース に登録されています (2000-04-24より)。 上記PDFファイルを印刷・製本したものを購入できます。 1冊4,500円+送料500円。 著者チェック用の見本の印刷はすごくきれいだったのですが、 注文してみたかたからの報告では図がかすれていることがあるようです。 とくに64-75ページあたりは、納品時にチェックされることをおすすめします (交換は商品到着から10日以内にかぎられるらしいです)。
論文の著作権は田中が所有しています。 著者の許可なく転載・配布することを禁じます。
Created at 1999-10-08. Last updated at 2005-07-19. This page contains Japanese encoded in accordance with MS-KANJI ("Shift_JIS").